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苛立つお母様はエスカレーターのあいだを回転し続けている

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 キンシが疑問を抱いている。


「集団とは? なんのことですか?」


 災害時の特殊な人間関係、コミュニティの形についてはよく覚えているくせに。

 この魔法使いの少女、は細心の事情についてなにも知らないでいるらしかった。


「おや、知らないのかい? 駄目だよ、魔法使いたるもの、常に最新のトレンドはデニム生地の端から前髪のシースルーまでチェックしておかないと」


 モアが彼女なりの基準で魔法使いについての事柄を語っている。


「集団……。集団「ハルモニア」と呼称される、最近(ちまた)を騒がせている、いわば一つの宗教団体のようなものだよ」


「はあ」


 青い瞳の彼女の説明に耳をかたむけている。

 子猫のような、黒い体毛に包まれている聴覚器官をモアの声音が聞こえる方角に固定出来ている。

 そう出来るほどには、キンシはその肉体にいくらかの余裕を取り戻していた。


 魔法少女が自分の話を聞いている。

 その状況を確認しながら、モアは怪物に取り巻く情報(データ)、予測についてを手早く語っている。


「彼らは現状における魔力主義社会に異議を唱え、魔力に頼らない社会機構を望んでいる。

 その一環として、魔力を意味する存在そのものである敵性生物……キミたち魔法使いの呼び名として人喰い怪物の魔力を改造する動きがあるそうだ」


 つらつらと語られる、モアからの情報にキンシはただうなずくことしか出来ないでいた。


 話に聞き入ろうとしている、キンシの関心を惹きつけるようにモアは語り続ける。


「これはあたしの勝手な予想にすぎないのだが、もしかしたらあの怪物は意図的に心臓を、その肉体から奪い取られてしまったのかもしれないね?」


「食べないのに、使わないのに、どうして怪物の心臓が必要になるのでしょうか?」


 キンシが純粋な疑問を抱いている。


 そうしている頃合いには、すでに怪物は魔力のほとんどを「水」の中に溶かし込まれてしまっていた。


「  あ      」


 かすかな鳴き声が聞こえたかもしれない。

 あるいはそれは、泣き声だったのかもしれない。


 いずれにしても、幕引きはあっけないものだった。


 恐ろしき人喰い怪物が動きを止めている。


「…………」


 生命の終わりが近づいている。

 その実感を直に味わっているのは、トゥーイの右腕であった。

 怪物の胴体と繋がり合っている、鎖の上を伝達してトゥーイは怪物の命の最後を肌に感じ取っている。

 

 動きを止める。

 ひとつの動作は、決して心地良いものとは呼べなかった。

 生き物を水没させて殺すのが、こんなにも不快感をともなうものだったとは。

 トゥーイはその魔法使いとしての人生、生活、日常に新たなる認識を書き加えている。


 青年がひとり、生命活動の終息についての新鮮なる不快感を抱いている。


 その間にも、少女たちは新しい情報(データ)についての検索を互いに深め合っていた。


「あの怪物が、個体が、もしかすると……集団の被害者であると、その可能性があるのですか?」


「可能性の一つだけれどね。たかが人間の魔力の集合体を喰らっただけで、あの人外なる、尋常ならざる存在がああも簡単に死亡するとも考えにくい」


 モアは狩猟の対象である獲物に対して、彼女なりの敬意のようなものを向けているようだった。


「人に殺されやすいように、ウロコに付着した色をぬぐい取るだけで簡単に死んでしまうように、集団の手によって改造されてしまった。その可能性がある」


 モアはそこまで語った所で、その青空のように青い瞳をあらためてキンシの方に差し向けている。


「これは許されざる行為だ。我々にとって貴重な資源と成り得る敵性生物……または「異世界転生」および「異世界召喚」が為されたものを愚弄する。現代の魔力社会に(あだ)を成す愚行だ。

 実に、実に、愚かしい」


 そこまで聞いたところで、キンシは子猫のような耳にモアが、モアと自らを名乗る少女が怒りに燃えていることに気付いていた。


「モアさん……」


 静かに語る言葉のなかで怒り、荒れ狂う青い瞳の少女。

 キンシは彼女の名前を呟くようにする。


 魔法少女がそうしている。

 その間に鎖の合間から怪物の肉体が滑り落ちていた。


 ジャラジャラ、ジャラン。


 鎖から解放された。

 否、怪物の肉そのものが自発的に鎖の拘束を解いていた。


「         」


 すでに呼吸はほとんど止まっている。

 かろうじてまだ生命の気配はしつこく残ってはいるが、しかしながら、それさえも風前のともしびであった。


 色鮮やかに美しかったウロコは、もはやくすんだ水晶のようにほの白い気配だけが薄ら寂しく残されていた。


「…………」


 それでもトゥーイは、まだ右の腕の中に怪物の生命の気配を敏感に感じ取っていた。


 ひとつ、ふたつ、と、腕の中から生命の気配がこぼれ落ちていく。

 もしも怪物の肉体を腕の中に抱きとめられたとしたら、トゥーイはきっと涙を流したかもしれない。


 温度を感じて、段々と冷たくなっていく肉と皮、骨と血液の塊に憐みを抱けたのかもしれない。


 だがそうはならなかった。

 所詮は消費するための獲物でしかない。


 トゥーイは自らの内に生じる空虚に、この世界の常識としての諦めを、若干無理矢理であると自覚しながら隙間に詰め込もうとしていた。

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