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知らねえよ

消えそうに、

 言葉のリズムなど気付くはずもなく、キンシは彼女にいたって普通の反応を示す。


「おやおや? メイさんは地理に詳しいんですね」


 キンシからの指摘にメイは少し気まずそうにうつむく。


「そんな、まえに地図でなんとなくながめただけよ………」


 うつむいた表情の中、視線を不安定にさせている彼女のもとにミッタを抱えたままのトゥーイが近寄る。


 そして彼もまた、堅牢そうなマスクの下に秘められている鼻先を海原の彼方へ差し向ける。


「言葉を奈落に正すならば、海面の遥か先の境には金師列島(かなしれっとう)と形容されたことに決定された地区が存在」


「そうね」


 長引きそうになった青年の語り口を名が意図的に中断する。


「トゥーイさんの言うれっとう………。その土地にはかつて、それはそれはりっぱな国があったとされていて───」


 幼女は何かを思い出したかのように動向を広げると、それ以上は何も言わず海を眺めるだけになってしまう。


「?………、かつて国があった?」


 妹から発せられた過去形が、兄であるルーフの喉元に魚の小骨のように引っかかる。


「………聞いたことねえな」


「金師帝国のことですよ」


 少年の疑問に魔法使いは迅速で迷いのない解説を与えてくる。


「先ほどメイさんが述べた金師列島を中心に複数の広大な島々によって構成されていたという、今でいうところの多民族国家だったそうです」


 キンシは灰色のゴーグルの下にある右目を、メイと同じ方向へと向ける。


「記録によれば建国以来、代々皇帝の家族一族が支配および統治を担っていたそうで」


「今はもうないのか?」


 重ね重ねな過去形にいよいよルーフは追及せずにはいられなくなった。


 ルーフの質問にキンシは喜ばしい反応をみせる。


「ええそうです、あなたの言うとおり、金師帝国はもうこの世界において国家として認められてはいません」


「ふん? なんか問題でも起きたんかな、クーデターとか」


 ルーフとしてはその予測はいたって真面目くさったものであったのだが、

 しかし周囲の反応は彼の予想を超えたもので。


「ふふっ? ひひひひ!」


 何かから隠れるように笑いを押し殺そうとして、しかし全くできていないキンシを除いた青年と幼女はまるで少年の存在を酷く珍しい生命体を見物しているかのような、呆然とした顔つきになっていた。


「あは、あは、はあははははは」


 キンシがとうとう堪え切れずに、五秒ほど高らかな笑い声を空気に吐き出す。


 ルーフはそんな魔法使いの様子を最初は不気味に眺めながら、それが落ち着くころには苛立ちを持って一笑の追及を試みる。


「何がそんなに可笑しいんだよ」


 キンシが滲み出た涙を拭うためにゴーグルを指でたくし上げる。


 右の目、青黒い皮膚に囲まれた目玉が一瞬だけ空気に曝された。


「いえね、すみません。少しびっくりしちゃったもので………」


 魔法使いはまだ呼吸が平穏に戻せていないのか、彼の質問に答えられず深呼吸を重ねるばかりだった。


「お兄さま」


 メイに低い声で呼びかけられて、ルーフはそろりと彼女のほうへ視線を向ける。


 見ると妹が爪をこめかみに添えて「あたま痛い」のポージングを作っていた。


「知らなかったのならばしかたありませんが、いま皆さんで金師帝国はおとぎ話の物語だったんです」


「へ?」


 言葉を飲み込むと同時に少年の耳が赤く染まっていった。


 なるほど………。

 ああ、なるほどな。


 そりゃあ、過去形でしか話せないわけだ。

 いや、当たり前か。


 だけど、あんな少ない情報でどう判別しろってんだよ………?


「いや、しかしですね仮面君、あなたの主張は完全なる不正解と言い切ることも出来ないのですよ」


 それなりの音量で笑った割には、秒で真顔を取り戻したキンシが彼に知っていることを教えようとしてくる。

時間がなくてイラつきました。

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