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あまり遠くに行かないようにねワンちゃん

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「そうだ」


 キンシはひとつのことを思いついていた。


「そうですよ、そうすればいいんですよ」


「?」


 独りで勝手に納得を深めている。

 キンシに対して、メイが奇妙なものを見るかのような視線を送っていた。


「どうしたの? キンシちゃん」


 結局はひとりで勝手に楽しそうにしている。

 新しい思考に胸をときめかせている、魔法使いの少女にメイが問いを投げかけていた。


 …………。


 ややあって、魔法使いとその他諸々の人々は、皆で集まって地面の上に立っていた。


「いやいやいや、何でなんだよ」


 疑問を投げかけているのはトユンの声であった。

 声色にはかなり強めの憤慨が込められていた。


「どうして職場を破壊さればかりのオレが? 破壊しまくった張本人に協力を求められて? それで、それを受け入れちゃってるんだろうね?」


 トユンが静かなる怒りと共に、夜の海のように底知れぬ疑問を深く抱いている。


「それはもちろん」


 トユンからの疑問に答えているのはメイの声音であった。

 

「目のまえにいきなり武器と魔法と魔術をもった集団がでてきて、言うことをききなさいって、キョーハクしてきたら、だいたいの「普通」のひとは逆らおうとはしないんじゃないかしら?」


「いやですねえ、メイお嬢さん。僕たちはなにも、彼に脅迫なんてしていませんよ」


 メイの表現に対して、キンシは純粋に心外そうな様子をあらわしていた。


「ちょっと魔力を借りるだけじゃないですか。なにも、難しいことはございませんよ」


 そう言いながら、キンシはメイから返してもらったばかりの銀色の槍を少し上にかざしている。


「そうだよ」


 魔法使いの少女の言い分に賛同しているのはモアの声音であった。


「敵性生物を排除するためには、多少の協力と犠牲は致し方ないのさ」


「何だよその、全体を守るために多少の犠牲はしょうがない、的な暴論は」


 トユンは懸命にもモアに、古城の主である少女に反論を向けようとしていた。

 しかしながら、そうしている間にも彼の魔力は魔法少女によって搾取されていた。


「ちょっとチクッとしますよお」


 キンシは特にためらいも無く、槍の穂先をトユンの腕に軽く、浅く触れ合せている。

 半袖のTシャツの袖から伸びる、剥き出しの肌にキンシの槍の穂先がかすめる。


 先端が軽く触れる。

 可能ならば怪物を殺すことも出来る存在。

 武器の刃が触れている事実に、トユンは強い恐怖心を抱いていた。


 だが、当然のことながらキンシはトユンを傷つけるつもりなど微塵(みじん)も思っていなかった。


 ちゅうちゅう。

 ちゅうちゅう。


 水を吸い上げる音が鳴る。

 

「よし、これで規定範囲内の魔力は回収できました!」


 キンシは槍の穂先をトユンから離し、目的が達成できたことをまずは喜んでいる。


「トゥーイさーん! そっちは大丈夫ですかあー?」


 魔力をたっぷりと含んだ槍を持ちながら、キンシがトゥーイに向けて呼びかけている。


 …………。


 魔法使いの少女に呼びかけられた。

 トゥーイの方は、正直なところを語れば無事とは呼べそうになかった。


「…………!」


 怪物の一閃、尾びれにあたる部分が横薙ぎにトゥーイの体を破壊しようとしていた。

 迫るウロコと肉の壁。

 

 色彩をたっぷりと有している。

 もしも硬いウロコに衝突したら、人間の体はあっという間に熟したトマトを床に叩き付けるかのように潰れてしまうだろう。


 そうなる訳にはいかなかった。

 直接的な死の恐怖が、トゥーイの皮膚の下をビリビリと電流のように走る。


 ピリピリとした痛みが後を引く。

 トゥーイは鎖を上に向けて投げつける。


 空が広がる、雨雲は継続して規則正しく灰をたっぷり含んだ雨の雫を吐き出している。

 鈍色(にびいろ)の雨雲には届くはずもない。

 しかして、鎖の先端は確かに空気に突き刺さっていた。


 ()()()()はずの、虚空に刺さっている。

 トゥーイにとっての魔法の武器である、鎖の先端はこの世界とは異なる場所と一時的に繋がり合っていた。


 この世界と少し離れたところ。

 どちらかと言えば人間よりも、人喰い怪物に近しい存在。

 異世界と呼べばいくらか分かりやすい。


 鎖の先端が空気を裂き、異世界と繋がり合う。

 繋がりを獲得した、トゥーイは鎖を頼りに体を上昇させる。


 じゃらじゃら。


 魔法の鎖は金属質な音色を奏でながら、上昇するトゥーイの体と密接に繋がり合っている。


 ビュウンンンン……!


 怪物の尾びれが(くう)を薙ぐ。

 求めるべき獲物を逃した。


「 ああ   ああ   ああ  ああ  ああ   ああ  あああ  ああああ あ」


 怪物は、しかして感情のようなものを表層に表そうとはしなかった。

 まるで大海原を泳ぐ魚の目のように、そこには単純かつ明快な生命の基本だけが大切に守られ、保存されている。


 怪物は大きく太く、長い肉体を雄大にくねらせている。

 その様子はやはりと言うべきか、空を泳ぐ鯉のぼりを想起させる芸術性がそこにはあった。


 本物ではない、疑似的な口と頭部が上に移動したトゥーイの方に向けられる。


「 ああ  」


 少しの鳴き声のあと。

 偽物の口、鯉のぼりにおける口と同様のように見える部分から、多量の魔力の気配が発生しようとしていた。

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