揺れたり震えたりする線で丁寧に、丁寧に
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「まだ確信は得られていないですけれどね」
キンシはメイに向けて、興奮気味に語りかけている。
「確証も実験もまだまだ試していない、あまりにも不確かな情報でしかないです」
そこまで、今のところはそこだけしか語られていない。
と、そのところでキンシは逆にメイの方に質問文を送っている。
「ところで? メイお嬢さんはいつの間にこのようなところまでいらっしゃったんです?」
キンシが問いかけている。
視線を自分の右側に、見ればメイは魔法の翼を使ってキンシと同じところ、つまりは地面から二メートルほど離れたところにいた。
白色の翼。
メイが属している春日という名の、鳥人族特有の身体機能の一つ。
魔力によって構成された、翼は雨の雫を受け止めながら、彼女の小さな肉体を空気中にホバリングさせている。
「いつのまにも、なにも無いわよ。あなた達が喫茶店のかべをこわしたせいで、私までトユンさんにおこられそうになったんだから!」
メイは白くなめらか頬をぷっくりと、大粒の真珠のように膨らませて怒りをあらわにしている。
「まったく、もう……。かべをこわすなら、せめて、事前に予告をしなさいよ」
「おいおい、その辺を怒るべきじゃないだろう?」
メイの主張に対して、ツッコミを入れているのはモアの声音であった。
キンシがさらに視線を右側へ、メイの向こう側に移す。
するとそこには、魔術による機構によって空を飛んでいるモアの姿を確認することが出来た。
「いやはや、まさか本当に建造物破壊に手を染めるとは、キミたちには本当に飽きさせられないよ」
傘に類似した形状のプロペラを持つ、モアの持つ魔術機構は彼女の軽い身体をキンシやメイと同じように空中にホバリングさせている。
「それで? 何か確信のようなものを得られたと言うが、具体的にはどんな感じなんだい?」
ぷるぷるぷる。
魔術機構のプロペラ音を聞きながら、キンシはモアからの質問に答えようとする。
「お答えしたいところですが、しかして、まだちゃんとした検証を終えていないのです」
言いながら、キンシはすでに次なる行動をその身に起こそうとしている。
「まずは、お嬢さん、この「オーデュボン」を預かっておいてくれませんか?」
「「オーデュボン」?」
なんのことを言っているのだろうか?
メイは小首をかしげそうになるが、それよりも先にキンシの方から槍、にとてもよく類似した武器を手渡されていた。
「ああ、この槍のお名前だったのね」
メイは簡単な理解をまずひとつ、しめしている。
キンシの……キンシと言う名前を持つ魔法使いにとっての、魔法の武器である。
銀色の槍を受け取った。
メイはその重さと共に、魔法使いの少女の行動について少し戸惑いを覚えている。
「怪物さんが目のまえにいるのに、どうして武器をてばなそうとするの?」
「まあ、見ててごらんなさいな」
メイからの質問に、キンシは言葉における返答はしなかった。
その代わりと言わんばかりに、キンシは怪物に向けて大きく身を動かしている。
「き、キンシちゃん?!」
メイが驚きに叫び声をあげている。
ホバリングをしていた体勢から突然、と思わしき動作にて、キンシは怪物に向けて飛びかからんとしている。
べったりと、怪物の表面に触れる。
まるで網戸に張り付いたカナブンのように、キンシは人喰い怪物の体表に身を密着させている。
そうしていると。
「 あああ あああ あああああああ 」
怪物が、愚かにも身を近付けてきた獲物に、当然の事ながら敏感に反応していた。
メリメリメリ、メリメリメリ!!!
何か柔らかいもの、粘着質なものが破ける、湿った破壊音が空間に鳴り響く。
それは怪物の口、捕食器官が開かれる音だった。
魚と形容するとして、本来ならば内臓が詰まっていて然るべき場所。
その部分に、縦長の大きな口がくっぱりと開かれていた。
「わあ、女性器みたい」
それを見たモアが何のためらいも無く、若干デリケートともとれる表現方法を易々(やすやす)と選んでいる。
縦長の口は、しかしてすぐに直線を描くほどの大きさまで開かれている。
口が開かれる。
中身にはびっしりと歯が生えていた。
この世界の人間を、美味しい獲物を捕食するための器官。
象牙の先端を切り取り、雑然と並べたような具合。
咥内の粘着質な体液が、ねっとりと透明な筋をいくつも引いている。
どろりとした口の中へ、キンシはなんのためらいも無く身を沈み込ませていた。
「き、キンシちゃんっ?!」
飛んで火にいる夏の虫なのか、そうなのか。
見るからに自殺行為にしか見えない、魔法少女の行動にメイが悲鳴のような驚きを発している。
怪物の口めがけて突っ込んだ、キンシの小さな体が対象の口内に沈みゆく。
じゅっぽりと、飲みこまれようとしている。
キンシは膝の下だけを空間に曝しながら、怪物の口内にて検索を行っている。
怪物の歯が、魔法使いの少女の足をズタズタに切り刻もうとしていた。
雨が降りしきる、灰笛の空気に新たなる匂いが追加される。
魔法少女の血液の匂いが、トゥーイの鼻腔を蠱惑に誘惑していた。




