カワイイあの子は船で旅に出る
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「いきなり怪物さんと出会うのはあぶないから、体が頑丈なキンシちゃんにまかせることにしたのよ」
メイがトゥーイの作戦……とも呼べぬ、単純な基準をトユンに説明している。
「へ、へえ……? そうなの……」
幼女のような見た目の魔女に解説をされた。
トユンは一瞬だけ理解を示しかけた。
だが、その寸前で。
「いやいやいや、それでも勝手にロッカーを開けてもらったら困るっての」
トユンはそう言いながら、キンシの行動を今すぐにでも止めようとする。
体を動かそうとした。
だが、その寸前にてトユンの体がピタリと止まる。
「う……?」
直感、と言えば分かりやすい言葉にしかならないのだろうか。
キンシの行動を見ていた、トユンは視界から得られる情報に得も言われぬ恐怖心を抱いていた。
その頃にはすでに、キンシは二つ目のロッカーを開けている。
「ふむふむ……」
ロッカーの中身、女性アイドルのものと思わしきブロマイドがたくさん張られている。
中身をキンシは左目、赤い琥珀の義眼でじっとりと観察している。
「ここじゃないですね……」
そう言いながら、キンシはアイドルの像がたっぷり存在していた空間を閉じている。
そして速やかなる動作にて、キンシは三つ目のロッカーを開ける。
「あ、まって……」
恐怖心が確かな形を獲得しようとしている。
トユンが抱くそれは、当前としてキンシにも感知されているものだった。
怖いと思う。
恐怖の形は、しかしてキンシにとっては好奇心、そして喜ばしい期待の一部分でしかなかった。
扉を開ける。
解き放たれた空間。
「 あ 」
現れた、怪物がうねりをともなって彼らの前に姿を曝そうとしていた。
「うわああああッ?!」
発現した、対象の存在を見て、トユンが悲鳴をあげている。
悲鳴をあげるのに値する、異様なる光景がそこには広がっていた。
一面の色、色、色。
桃花色のかけら。
青色のひとしずく。
緑色のひとひらたち。
ビビットカラーの集合体がロッカーの一面を埋め尽くしていた。
「な、何だあれ……朝見たときはあんな事にはなっていなかったのに……?!」
トユンが驚愕している。
目の前の異様な光景に驚きを抱くのもそこそこに、魔法使いたちが次なる行動を起こそうとしている。
「見つけました」
キンシが呟きを唇の上に滑らしている。
水滴のように零れ落ちた、言葉の後に少女は左手を空間の中にかざしている。
「すうぅぅー……はあぁぁー」
キンシが呼吸をしている。
赤琥珀の義眼を使った時のように、その動作は体内の魔力を運用するための動作の一つであった。
まっすぐ伸ばされた、腕の先、左手の指の中に光が明滅する。
少女の血液の中に含まれる魔力が反応し、翡翠のような緑色の光が皮膚の上に灯る。
光の明滅、魔力の気配が香り立つ。
反応の後に、キンシの左手に一振りの槍が現れていた。
キンシと言う名前を持つ、魔法使いにとっての武器。
銀色の槍は、万年筆の筆先を模造した形状が拵えられていた。
「……」
呼吸をリズミカルに整えながら、キンシは発現させた槍を腕の中に構えている。
左右両側の足で地面を踏みしめる。
長靴の靴底がキンシの体を固く支える。
重力の存在を自覚しながら、キンシは一拍、呼吸を止めていた。
「……!」
そして息を瞬間的に激しく吐き出す。
銀色に輝くするどい穂先を、キンシは色の集合体に向けて突き刺していた。
「 ああ! あ 」
キンシの槍を喰らった。
怪物の肉から拒絶の鳴き声が発せられる。
突き刺した槍からボタボタと、赤色の血液が地面に向けてこぼれ落ちていっている。
傷を受けた、血液が地面を赤く染める。
怪物の血の匂いが甘く香る。
「くん」
それを嗅ぎ取った、キンシの鼻腔から味覚にかけて、口の中にたっぷりの唾液が滲出される。
攻撃を受けた。
怪物の方が、外界の敵に反応してその肉体を活動させようとしていた。
「 ああ ああ ああ ああ ああ 」
もしかすると眠っていたのかもしれない。
活動を停止させていたところに、いきなり無礼なる魔法少女の一突きが現れたのである。
怪物が拒絶感を表すのに、時間などは殆ど必要とされなかった。
ロッカーの中身から、ビビットカラーの集合体が膨れ上がってきている。
増幅する、ヌラヌラとした表面。
色が寄り集まっている、表面はよく見るとウロコのような形質をもっているらしかった。
魚類が持つ、肉体を保護するための硬く薄いかけら。
雑多なる色を持つ鱗に包まれた肉体が、続々と、ムクムクとロッカーの外側を侵略しようとしている。
「わわわ……ッ?! なんかやべえよ……ッ?!」
膨れ上がるウロコたちに、トユンがいよいよ兢々(きょうきょう)と体をガタガタと震えさせている。
「トユンさんは、さがっていたほうがいいかもしれないわね」
メイがトユンを、「普通」の人間を気遣うための言葉を唇に発している。
来る。
と思った次の瞬間には、怪物は部屋全体を埋め尽くさんばかりの肉を空間の中に展開させていた。
ずるん、ついにはロッカーの中身から怪物の腹がこぼれる。
重力に従う、人喰い怪物の肉が甘い匂いを発する。




