相対性理論は永遠に理解できそうにない
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「さあ、レッツゴー!」
モアが拳を作って小さく肩のあたりまで上げている。
「いやいや、なんであなたが仕切ってんですか」
トユンが思わずツッコミを入れている。
今しがたのモアの不可解なやり取りは、周辺の人間たちに不気味な印象を持たせるのに充分すぎる効果を発揮していた。
「まあまあ、あまり気にしないで」
モアは特に気分を動かさないまま、微笑みを固定させたままで視線を動かしている。
彼女の青い瞳が空間の中へすべらかに移動する。
その動作につられて、キンシもあらためて周辺の環境を観察し始めることにしていた。
いま彼らがいるのは喫茶店チェーンの一室。
利用客が入ることは許されない、従業員以外立ち入り禁止の区域。
長方形の部屋には、従業員のための備品等々が雑多に置かれている。
ロッカーが右の壁伝いに六つほど並び、そのすぐそばに何かしらの道具が詰められた段ボール箱が積まれている。
「ちょっとまって、いま明かりをつけるよ」
部屋の暗がりを気にした、トユンが慣れきった動作で指先をつい、と上にかざしている。
……例えばスイッチを使ったり、導体を使用した電力に頼る灯りは、どうやらここでは使用されないようだった。
その代わりに、魔力に頼った明かりの仕組みが作動している。
明かりが灯る。
「…………」
唇を閉じたままで、トゥーイが明かりに視線を移している。
白色の筒状に形成されたガラスの内側、発光する効果のある魔力鉱物の一種を塗りつけたもの。
鉱物ランプの一種とも言える、それは人間、この場合はトユンの魔力に反応して発光するものであった。
「んむむ……明るいと余計に、気配を強く感じる気がします……」
明度の変化にキンシの眼球が敏感に反応している。
右目の肉をともなった眼球は、猫のように縦長の動向を細く縮小している。
そして左側、赤い琥珀の義眼は魔力ランプの作動に合わせて、検索能力を事細かに変化させていた。
キンシが左右両側のまぶたをシパシパとまばたかせている。
魔法使いの少女の様子を見上げながら、メイは彼女に問いかけている。
「でも、どうやってかくれている怪物さんをみつけるつもりなの?」
質問の途中で、メイは丸く形の良い頭のなかに次々と疑問の芽を発芽させている。
「というより、ほんとうにこの場所に怪物さんがかくれているのかしら? 見たかんじ、空気はよどんでいるけど、でも、それ以外にはなんの特長もないばしょにしかみえないのだけれど」
「なにをおっしゃいますやら。メイお嬢さん、僕の左目の検索能力を侮らないでください」
キンシはほんの少し不機嫌になった様子で、自分の義眼の有用性についてを主張している。
「天気予報からその日の魔力の調子まで、色々と見ることの出来る優れものなんですから。
ねっ、トゥーイさん」
キンシに確認を求められた。
「…………」
トゥーイはこくり、と無言のままで首を縦に振っている。
青年の動作を認めた。
その後に、キンシはトゥーイに一つの要求をしている。
「さて、検索のあとはトゥーイさんのダウジングに頼らせていただきますか」
「ダウジング?」
メイが首をかしげている。
魔法使いたちが何をするつもりなのだろうか、椿の魔女が興味深そうに見つめている。
その視線の先で、トゥーイが右の腕を体の前に突き出している。
手の平を開く。
「…………」
スゥ、ハァ、と呼吸を短くする。
指の中、肉体の内側、血液に含まれる魔力が反応する。
紫色に透き通る光が指先に灯る。
次の瞬間には、トゥーイの指先には鎖が一本現れていた。
「…………」
空間に発現した鎖は、五百硬貨ほどの金属の輪が連続し、先端のそれぞれにダイヤ型の器具が取り付けられている。
トゥーイはそれを右手の中に、先端にある器具を手の平の下に提げている。
鎖が下側に一直線になるように、トゥーイは腕の動きを可能な領域にまで停止させている。
人間の腕、肉体というものは常に動いているものである。
たとえ布団の上に体を横たえていたとしても、胸の内の心臓は鼓動をし続けている。
だがトゥーイの状態は、それらの内臓の稼働さえも削り落としているかのようだっだ。
まるで物言わぬ石のように、トゥーイは鎖の動きを停止させることに集中する。
動きを止めている。
右眼窩に生えている、植物種としての特徴であるばらに似た器官から、ほのかに甘い香りが立つ。
やがて。
チリチリ、チリチリ。
提げられている、鎖が震え始めていた。
トゥーイの腕の動きとは異なる、別の引力による動作が鎖、その先端に取り付けられている器具を引っ張っている。
鎖の先端、それはまったく別の方向に飛んでしまっていた。
バチィィン!
「痛ったあッッ?!」
「わあ?! シイニさん?!」
今まで黙っていた、大人しくしていたシイニの体にトゥーイの鎖の先端が突撃している。
「おやおや」
モアはたった今彼の存在を思い出したかのように、子供用自転車のような姿をしている彼のことを面白そうに見ていた。
「なにしやがる!」
存在を忘れられていた。
シイニが怒っている。




