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あたたかい差別におびえる

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 「お兄ちゃん」。

 と言う単語に反応していたのは、メイとトゥーイの二人であった。


「お兄さんがいらっしゃるんですね」


 キンシがなにげなく呟いている言葉に、トゥーイは頭部に生えている柴犬のような形をした白い聴覚器官をピクピク、と動かしている。

 右目に生えている、植物種としての特徴である紫色のバラ、のような器官から緊張の甘い香りが立ち昇る。


 バラの青年の様子に気付かないままで、キンシはモアに言葉の続きを催促している。


「戦前は、いまみたいな世界ではなかったんですか?」


「そうだね。なんでも、もっと個人の区別が激しかったそうだよ」


 言いながら、モアは視線をキンシからトユンの方に移している。

 モアの青い瞳に見つめられた、トユンは少しどぎまぎとした様子で制服のエプロンを指で撫でていた。


「例えば、トユン君のルーツである(つの)の国は、いまの(てつ)の国とあまり仲が良くなかったそうなんだよ」


「へえーそうなんだ」


 トユンは少しだけ関心を深めつつ、右手で頭に生えているシカのようなツノの根元をこりこりと掻いている。


「仲が悪いって、どんな感じだったんだろ?」


「そうだね、主に認識の浅さによる差別が酷かったそうだよ」


 モアが語る内容に、トユンは面白そうに耳をかたむけている。


「そのサベツってのは、どんな感じだったんだろ? 名前的にキャベツみたいだけど」


 トユンはいたって真面目に、分からないことを分からないものとして感覚を己の内に認めている。


「まあ、こんな風に若者が差別意識を持たないってことも、()()()にしては異常で気持ち悪いんだろうね」


 モアは一種のあきらめのようなものを軽やかに抱いている。

 自分にとって「先代」にあたる人物の名前を音声として耳にした。


「……」

 

 キンシの子猫のような耳がピクリ、と動いている。


「残念だけど、差別っていうのはキャベツほどにすばらしく優れた食材とは、とてもじゃないけど、呼べそうにないものなんだよ」


 モアはカウンターに肘をつき、視線を周囲の人間から静かにそらしている。


「もちろん、なにかを自分の意識とは別のものとして、違いを認識すること自体は、何ひとつとして悪いことじゃないと思うよ。だけど」


 モアの視線は遠いところ、すでに過ぎ去ってしまった時間、こことは異なる世界についてを夢に見ているようであった。


「時として、その感情は秘するべき領域を超えて、一種の暴力的な形として他者を傷つけてしまうことがあった」


「それって……」


 モアが語る内容に、キンシはどうにかして追随(ついずい)を試みようとしていた。


「えっと、えと……その、つまりはどういう感じなんでしょうか?」


 しかし魔法使いの少女の試みは、残念なことに成功したとは言えそうに無かった。

 惨敗した魔法少女に、モアは微笑みのなかで解説を加えている。


「ヘイト、と呼ばれる行動が主たる種類になるわね。憎悪を他者に押し付ける行為だよ」


「それが……なにか、問題でもあるんですか?」


 不思議そうにしている。

 そんなキンシの瞳を、モアが見つめ直していた。


「分からないってこと自体が、すでにひとつの奇跡……。ううん、異常事態みたいなものなんだって」


「ううーん、なんだかよく分からなくなってきました」


 戦前の世界がどのようなものであったのか、どうしても、キンシにとっては実感が湧かないものであるらしかった。


「ねえ、歴史の授業に没頭するのもいいけど、そろそろ……」


 少女たちが議論を交わしているなかに、トユンが遠慮がちな様子で話題の修正を計ろうとしていた。


「あ、そうでした……」


 キンシが思い出していた。


 …………。


 という訳で、魔法使いの一行にモアが一人、追加されることになっていた。


「いやいや」


 しかして、キンシが疑問を抱いている。


「なんでなんですか」


「なんで、とは?」


 事態を疑う、キンシにモアが問いかけている。


「いや、だから……どうしてモアさんまで僕たちの依頼についてきているんです?」


 キンシはモアが現場についてくることが、不思議で仕方がないようであった。

 この場合における説明不足は、子猫のような魔法少女に得も言われぬストレスをもたらしているようであった。


 たしかに、キンシの心理的状況はそこそこに納得はできる。

 いきなり自分の領分に他者が侵入してきたとして、果たしてどれだけの人間が完全なる平常心を保てるというのだろうか?


 有り体に言えば、ついてくることを嫌がっている。


 そんなキンシに、しかしながらモアはどこまでも微笑みの様子を崩そうともしなかった。


「そんなに不安そうにしなくてもいいんだよ、ナナキ・キンシ君」


 モアはキンシの感情を受け流すように、自分の持論を柔らかく主張している。


「怪物の対処に関しては、あたしも人並みの知識は用意しているつもりだから」


「……なにを、おっしゃいますやら」


 青い瞳の少女の言い分に、キンシは形容しがたい、暗く粘ついた感情を抱かずにはいられないでいた。


「モアさんは、あなたは……古城の主なんでしょう?」

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