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眠い目にコーヒーを流し込む

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「怪物が、このお店のなかにひそんでいるのよね?」


 メイがトユンに問いかけている。


「うん、そうだよ」


 トユンは、まるで幼い子供に言い聞かせるような、そんな優しげな声音を使ってみせている。

 事実、彼にしてみればメイは、どこからどう見ても幼い子供にしか見えないようであるらしかった。


「ちゃんとお話し分かって、えらい、えらいねえ」


 春日(かすか)と呼ばれる、鳥人族の幼子としての特徴をその肉体に宿している。

 綿菓子のようにふーかふーかとしながら、シルクのハンカチーフのようにしっとりとした美しさのある羽毛。


 トユンはメイの白く美しく、可愛らしい羽毛を眺めながら、柔和な笑顔を彼女に向けて継続させている。


「……あまりばかにしないでちょうだい」


 トユンのやさしい、やさしすぎる対応に、メイは嵐の前の海原のような憤慨を抱いていた。


「馬鹿になんてしてないっての」


 メイの反応は彼にとって少し予想外であったらしい。

 彼は頭部に生えている、鹿のようなツノの根元を右手でこりこりと掻いている。


「あれだよ、あれ、レディーってやつには多少過剰すぎるほどの優しさを発揮するぐらいがちょうどいい感じになるって、どっかの俳優さんが言ってたんだよ」


 トユンがそう語っている。

 彼は視線を動かしながら、店の店員としての証であるエプロンを左の指先に撫でていた。


「ともかく、この喫茶店に潜む怪物を、可能な限り秘密裏に処理してほしんだって」


 喫茶店の店員である、ツノの生えた彼に相談をされた。


「ところで、なんだけど」


 語る途中で、トユンは今さらながらの質問をしていた。


「そこの可愛いお嬢さんは、一体どこの誰なんだい?」


 どうやらトユンはモアのことを質問しているようだった。

 彼にしてみれば、青い瞳の少女の登場はあまりにも唐突なものであるらしかった。


 …………。


 経緯について、少し時間をさかのぼる。

 

 灰笛(はいふえ)市内にある、とある喫茶店にて、キンシらとトユンは怪物退治の取引を行っていた。

 それ自体は割かしすぐに、互いの条件と報酬に見合ったものを互いに認め合っていた。


 それはそれとして。


「なんだか、オモシロそうな話をしているじゃないか」


 取引をし終えた彼らに、唐突に話しかける声があったのだ。


「え、だれ?」


 ポカンとしているトユン。

 一同は視線を左右に動かす。

 やがて店内にあるカウンター席、その一席に視線を固定している。


「あれ、モアさんではないですか」


 喫茶店の店員である彼のすぐ近くにて、キンシが自分たちに話しかけてきた少女の名前を呼んでいた。


「そうだよ、モアさんだよ」


 魔法使いの少女に名前を呼ばれた。

 モアが微笑みの中で、片手に持っていたマグカップを小さくかたむけている。


「おひさしぶりのブリリアント。どう、元気?」


 モアはその青空のように青い瞳に笑顔の気配をたっぷりとたたえている。


 彼女に笑いかけられた、キンシはどことなく緊張の面持ちで受け答えを試みようとしている。


「え、えと、その……げ、げげ、元気、ですよ」


 たったそれだけの、短い言葉でありながら、キンシにとっては発音をするだけで一苦労であるらしかった。


「そう、それは良かった」


 キンシが一生懸命に言葉を選んでいるのに対して、モアはいたって平然とした様子のままでいた。


「モアさんは……どうしてここに?」


 キンシがためらいがちに質問をしている。


「どうもこうも、あたしはこうして身体を稼働させるためのエネルギーを補給しているんだよ」


 質問された分だけの答えを返す。

 モアは手元にかたむけていたマグカップを、形の良い唇のもとに運んでいる。


「……」


 その優雅な動作に、キンシはついつい見惚れてしまっている。

 くん、と鼻腔を動かせば、()ったコーヒー豆の薫香が嗅覚を微かに刺激していた。


「うーん、やっぱりコーヒーはブラックに限るわね」


 モアは自らが摂取している飲料についてを語っている。


「ねえ、しってる? この灰笛(はいふえ)は喫茶文化がとても盛んなのよ」


「そう、なんですか?」


 得意分野ではない話題に、キンシは単純に好奇心を抱いている。

 黒色の子猫のような聴覚器官がピクリ、と上に向けられている。


 猫の獣人である少女の反応を見た、モアは穏やかな様子で反応を確かめていた。


「特に、この喫茶チェーンは灰笛(はいふえ)をはじめとした、周辺の居住区域に伝搬しているね」


 ()()()()とはそのままの意味で、人間がこの世界で生きていける、限られた空間のことを指し示している。


「かつてこの(てつ)の国を襲った「大災害」で、あたしたち人間側の世界はほとんど損失してしまった」


 モアはマグカップをカウンターに置いている。

 陶器の清潔な白色と、同じくよく拭き清められたカウンターの木材が触れ合う、硬い微かな音色が喫茶店の空間に溶けていく。


「ううん、むしろ、こうして嗜好品を楽しめるようになったこと自体が、すでに「普通」の考えとしては、特別……──」


 言いかけた、その所でモアは自分自身の考えを瞬間的に否定する。


「ううん、これは違うわ。違う、もっと別の言い方があるはず」

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