薬液を飲み干してしまえ
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
肉を逃す、人喰い怪物の心情はどのようなものなのだろうか。
いや、そもそも、怪物に心と呼ぶべき意識の形が存在しているのだろうか?
「ざんねんだわー♪ また来てねー♪」
歌うようにしている。
声音を耳に聞きながら、ルーフは正体がはっきりとしている恐怖心を胸の内に抱いていた。
「さあ、さあさあ、外に出ようか」
宝石店の店員である、モノクルを外したばかりのマヤが、アトリエの外側と繋がるドアノブに指を触れ合せていた。
…………。
さらにところ変わって、ルーフ等は「コホリコ宝石店」の外側に移動していた。
「足元大丈夫ですか? ルーフ君」
ハリはルーフのことを心配しながら、外界の中で大きく背伸びをしている。
「ふうぅーん、ん、と」
ハリは右と左の腕をまっすぐ横に、伸ばしたままで指先を頭上にて組み合わせている。
腕の筋肉をほぐしている。
彼の頭部に生えている黒猫のような聴覚器官は両腕と共にピン、とまっすぐ天へと向けられていた。
黒猫のような魔法使いの耳が向く、天にルーフも目を向けてみる。
そこにはアトリエの天井……は、当然のことながらもう存在していない。
異世界と繋がり合っていた暗闇は、移動と共にルーフの視界の中からほぼ完全に失われていた。
「…………」
その代わりに広がっている、空を見上げていた。
「…………!」
ぽたり、雨の雫がルーフの目尻に落ちてくる。
店の外は雨が降っていた。
灰笛という名の地方都市に降る、雨はルーフの体を点々と、冷たく濡らしていく。
雨雲は魔術式によって人工的に作成されたものだった。
その事実を灰笛の中心に座す古城、そこの主であるモアと言う名前の少女に教えられた。
知った日のことが、ルーフにはすでに遠い昔の事のように思われて仕方がなかった。
「雨が降ってます、ルーフ君。雨がっぱを着なくてはなりませんよ」
水に濡れている。
まぶたを閉じているルーフに、ハリが雨具の装着を推奨してきていた。
「あ、着るのを手伝って差し上げます」
「いや……」
黒猫のような魔法使いからの申し出を、ルーフは最初の瞬間だけ断ろうとしていた。
だがすぐに、自分の提案を唇の内側にて否決している。
「あー……そうだな、頼むわ」
恥ずかしいという気持ちは拭いきれない。
だが、ここで無駄に時間をかけてもどうしようもないと、ルーフは冷静ぶった判断を自らの内に下している。
「いやあ、今日も今日とてココの雨は元気一杯やね」
ハリが松葉杖をついているルーフに雨合羽を羽織らせている。
その間に、ミナモが速やかな動作でレインコートのフードを被っていた。
「毎日、毎日、飽きもせずに雨を降らせ続けているんやもの」
ルーフは雨雲に向けていた視線を下に降ろしている。
見下ろした先で、ミナモの身に着けているワインレッドのレインコートが描くシルエットを確かめていた。
「ジメジメして、うんざりしちゃいそうよ」
ミナモはいかにも他の土地からこの灰笛に訪れた者が抱く、感想めいた文句を口にしている。
ワインレッドのレインコートのフード、獣人族の持つ獣のような聴覚器官のための、布の余分が中身の動きに合わせてピクリ、とうごめいていた。
「そうですかねー?」
ミナモの文句を聞いた、マヤが不思議そうな様子で彼女に問いを投げかけている。
「雨なんて、雨具や屋根さえあれば、どうでもイイじゃないっすかー?」
それはそれで、この灰笛に暮らしている、灰笛の環境に脳天から爪先の垢まで染まりきっている奴の意見らしいものであった。
「さて、今日の大仕事はこれで終わりやね」
ミナモは呼吸をひとつ、唇から吐き出している。
「ルーフ君の義足の件は、そちらに任せることにするで」
「ええ、ええ、分かっております。任せてくださいっす、ミナモのアネゴー」
マヤはまたしてもミナモから拒否をされた呼び方を使ってしまっている。
妖精族の若い男の犯したミスにたいして、しかしながらミナモは細かく指摘をしようとはしなかった。
「ううーん、頼りがいがあるわねー」
ミナモはそれだけのことを言うと、小さくクルリと身をひるがえしている。
「さて、と。エリーゼちゃんはこれから、古城に戻るつもりなんやよね?」
ミナモに問いかけられた、エリーゼがうなずきと共に返事を速やかによこしてきている。
「そうですねー。捕まえたばかりの敵性生物を、早いところ本部で解析しないといけませんしー」
言いながら、エリーゼは明るい色合いの瞳をチラリ、と近くにある魔法の形に差し向けている。
若い女魔術師が見ている、そこにはハリが作成した、「水」の檻が存在していた。
「コホリコ宝石店」の奥深く、秘密のアトリエに侵入してきた敵性生物と呼ばれる存在。
「怪物を捕らえた報酬は、後日きっちりきっかり請求しますからね」
敵性生物と呼ばれる存在を意味する、呼び名をひとつ使っている。
エリーゼに対して、ハリがそのようなことを言っている。
「もちのろーん」
黒猫のような魔法使いに、若い女魔術師は約束事を取り付けている。
「報酬は、いつもの口座に振り込んでおくからー」




