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結局みんな行き着く先は同じ場所

ちょっぴり、

 納得が終わったところ、その辺りでいよいよ潮の香りが強くなってきた。


 三度の沈黙に、しかし先ほどよりは緊迫感を欠落させた和やかな静謐の中で、少年とその妹はしばしの思考の隙間を堪能しつつ見慣れぬ町の風景に、その場所の風のにおいに肉体を浸している。


 ルーフは歩きながら、ぼんやりとした心地よさのある不思議を胸に抱く。


 現在自分たちが歩いているこの地区、名前はなんと言うのか皆目見当もつかないが、この辺りはなんとなく自分たちの故郷と雰囲気が似ている、そんな錯覚があったのだ。


 人気のない道路、車一台として走ってくる気配のない車道。


 失礼なる勝手な印象として、まったく繁盛していないであろう、そうとしか見えない何かしらの正体不明な店舗。


 人間の奏でる音の少なさにおいては、たぶんこの場所と故郷は互いに引けを取らない、対比しづらい位置にあると、ルーフは勝手に思う。


 そう勝手に思うと同時に、やっぱりここはまったく故郷とは異なる場所だと。


 空の色は気持ちいい群青ではなく鬱屈とした灰色で、建物は圧倒的に無駄なほどに標高が高く雑多としていて、その辺りの未知なる部分がどうしようもなく、少年に疎外感をチクチクと針のように差し込んでくる。


 はっきりとした当面の目的地があるにもかかわらず、どうしてもそこから先々へと思いをはせて気分が暗澹と沈む。


 そんなネガティブシンキングな兄とは皮肉的に対照して、妹であるメイは兄に寄り添いながらも目の前に繰り広げられ続ける未知の世界に、いつの間にか従順に楽しみを見出しているようだった。


「お兄さま、ちょっとこちらへ」


 まるで鼻歌でも歌いそうな軽やかさで、メイがルーフの手をそっとやさしめの力で引っ張る。


「ああ……。あ?」


 正直このまま真っ直ぐ避難場所へと何も考えることなく向かいたかったルーフは、あまり気乗りのしないままに妹の手にずるずると導かれる。


「見てください」


 兄的にちょっとばかり違和感を覚えるほどに鼻息が荒くなっている彼女は、指に生えている白い爪で彼の皮膚を傷つけないよう細心の注意を払いながらも、懸命にあるものをルーフへ見せようとした。


「いったいなんだよ、何が見たいんだ?」 


「お兄さま見てください、川ですよ」


「川?」


 突然の筋道なき単語にルーフが戸惑っていると、妹の指による引力が一気に減少する。


 それと同時に彼の視界に大量の水が突如として出現した。


 突如、という言い方にはいささか語弊があるかもしれない。


 多量の水の流れ、つまり川自体はずっと少年とその妹が含まれている一行のそばに存在しており、たまたまこの瞬間に彼が、それまで鬱々と自らの視界を無意識のうちに狭めていた彼が、妹によって川の存在に気付かされた。


 ただそれだけのことである。


 それだけなのだが、しかし今のルーフにとっては何の変哲もない、街中を流れる決して清浄などとは形容できそうにない、小汚くて生臭いその河川が妙に心に染み込むようだった。


 なぜだろう? 妹が教えてくれたからか。

 それもあるだろうが、だがしかし彼女はどうしてわざわざ自分にそんな、傍から見ればどうでもいい普通の風景のことを───。


 と、そこでルーフはようやく違和感の正体らしきものを嗅ぎ取る。


「魚の死んだ臭いがする」


 その川は、かつて暮らしていた場所で見たような川とは圧倒的に異なっている。


 町の風景や空気とは違い一目見ただけで異物だとわかるほどに、少年にとっては見慣れない姿をしている川で。


 流れる液体から僅かに透ける水底の色合いはもちろんのこと、川辺にはそこに発生してしかるべき植物が生きるための土壌など欠片もなく、あるのは無機質なコンクリートにはびこる緑色のぬめりばかり。


 はっきり言ってしまえばまるで魅力のない、絶対に裸足で入りたいとは思えないほどに汚らしい川だった。


 しかし、なぜか、ルーフはその川から、実態のある水の集合体から視線を外すことが出来ない。


「海のかおりがしますね」


 メイが彼のこぼした不躾な感想をより洗練し、ふさわしい形へと変換する。


「私たちのすんでいた山のなかの川と、ぜんぜんちがう水たちです」


 彼女が川から目を離し、兄の顔を見上げる。


「だけど、きっともともとは一緒で、このあとも結局はいっしょになる水たちです」


 妹が詩的な台詞をはく。


「もうすぐそこに海がある」


 彼女の感慨を兄が読み取る、それよりも先にキンシが兄弟と同じく川べりへと近寄ってきた。


「もうそろそろ、波声港湾が見えてくるでしょう」


「なみこえこうわん?」


 新たなる地名にルーフが言葉を反響させる。


「何だそれ?」


「港湾って言うのは船がいっぱいあったり、それに関連した施設がいっぱいある感じの場所のことですよ」


 ルーフからの質問にキンシは先ほど、年の数を質問されたときとは比べ物にならないほど迅速に答えを導き出した。


「波声港湾の場合、客船とか漁船などはほとんどとめられる事はなく、主に貨物船や燃料船などを主に受け入れている……。要するに海に面した工業区域って感じに思ってください」


 キンシのアバウトながらも滑らかな解説に、ルーフも普通に淡々と理解を示す。


「ああ、ポートエリアのことか」


 しかしそこで、


「ん? ポートエリア………?」


 少年の中で何かがひっかかる。

笛の音。

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