表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

939/1412

思い出を人間はなぞるでしょう

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 しかしながら、結果的にはルーフは嫌と言うほどに魔力鉱物の効能について強く、強く実感を得ずにはいられないでいた。


「はい、降ろしますよ」


 ルーフの体をハリは速やかな動作で下側に、アトリエの床がある方にゆっくりと、慎重そうに降下させている。


 黒猫の魔法使いに頼らなくてはならない。

 ルーフは自分の無力さに軽く絶望感を覚えつつ、しかして視線はマヤの方に固定させたままにしていた。


「そろそろこういう無理矢理に対して、切なるクレームをぶっ放してやろうか……」


 ふんわりと、アトリエの床に降り立ちながら、ルーフはマヤの方をジロリと睨み付けている。


「やだね、やだねぇ、こわいなー」


 魔法使いの少年に睨まれている、マヤはそれに対しては特に感情を動かそうともしなかった。


「言葉で理解できないなら、実戦が一番なんだって、死んだおじいちゃんもそんなことを言っていたようなー……」


「おい! さっきお前んとこの爺さんはまだ生きてるって言ったばっかじゃねえか!」


 いい加減なことばかり言っている。

 妖精族の若い男に対して、ルーフはいよいよ憤慨の気配を強めようとしている。


「落ちついてください、ルーフ君」


 ハリは自分の腕の中で感情を荒ぶらせている魔法少年を、どうにかしてなだめすかそうとしていた。


「こんな所で怒ってはなりませんよ。圧倒的に、こっち側が不利すぎます」


 ハリはそう言いながら、眼鏡の奥の視線をつい、と上に向けている。

 彼のエメラルドの色を持った瞳の動きに合わせて、ルーフも視線だけを再び上昇させる。


 そこにはアトリエの天井、……の代わりを担う、人喰い怪物の潜む異世界の暗闇がどこまでも広がっていた。


「先ほどのように、異空間の支配者たちのサポートは受けられません。当然のことですが」


 ハリは上を見たままで、毛髪に警戒心を含ませている。


「マヤさんたちはボクの刀で処理できるとしても、あの使役種は依然として未知数の力を隠しています」


「……あいつらを殺すこと自体には、特にためらいはないんだな」


 黒猫の魔法使いの価値観に、ルーフはいくらか冷静さを取り戻している。


「なにも無い普通の人間なら、安心して殺すことが出来るんですけどねー」


「やめろ、勝手に犯罪者になるな……」


 いつの間にかルーフの方が諭すような立ち位置になってしまっている。

 その点においては、ハリのルーフに対するなだめすかしは無事に成功したということになるのか。


 ルーフはそう考える。

 考えながら、同時にあまり肯定したくない自分自身に気付かされている。

 あらためて魔法使いと言うのは殺しを職業にしていること、ただそれだけのことだった。

 ルーフにとってとりわけ問題なのは、ハリ本人がその立場、環境を()としていることなのである。


 黒猫の魔法使いが水のように柔らかな殺意を抱いている。


 だがそれに構うことなく、宝石店の店員であるマヤは引き続き宝石、つまりは魔力鉱物についての話を続行させていた。


「いやはや、いやはや、ちょっと強引な方法を選んでみたけどぉ、実際は? もっとステキな効能がいろいろと期待できるんだよー?」


 マヤはとりあえずルーフに向けて謝罪をする。

 カレー味のインスタントラーメンに熱湯を注ぐような、そんな気軽さでマヤは続けてモノクルを操作しようとした。


 だが、その手前で。


「……んーと、でもこの次のサンプルは、ちょっとカハヅ・ルーフ君にもご協力してもらわないとねー」


 宝石店の店員である彼が、視線の中に要求の気配を浮上させている。

 すでに好奇心に満ち満ちているというのに、まだ感情を入れる余裕があるのか。

 ルーフはマヤの溌剌(はつらつ)さに辟易(へきえき)とした感情を抱かずにはいられないでいる。


「今度のはもっと単純で、分かりやすいものだからぁ、そんなに緊張しなくてもいいんだよーカハヅ・ルーフくーん」


 そんな魔法少年の陰りなどまるでお構いなしに、ハリはチェシャ猫のようなニヤニヤとした笑みを少年に向け続けている。


「ほら、ほらほら、呼吸を整えてみて。その場で深呼吸をしてみてごらんなさいー」


「はあ?」


 マヤから提案された内容を、ルーフはすぐには実践できないでいる。

 またいきなり体から重力のほとんどを奪われてはたまらないと、当然のことながら警戒心をかなり強めている。


 注意をビンビンに張り巡らしている。

 ルーフに対して、マヤは他人事のように要求だけを一方的に伝えている。


「まあまあ、ただちょっと集中をするだけだって、それだけだって、簡単なんだってー」


 どことなく怪しさが拭いきれない。

 危険で依存性、中毒性が高い薬物を勧められるときも、こんな気分になるのだろうか。

 ルーフはそんな想像をしながら、しかして、仕方なしにマヤの要求を受け入れている。


「スゥーー……ハァーー……」


 見るからに分かりやすく、ルーフは他人の姿を意識した深呼吸を実行している。


「…………?」


 呼吸をし終えた、血液に新鮮な酸素が取り込まれていく。


「…………!」


 悲しいことかな。 

 マヤの言う通り、効能はルーフの肉体に含まれる意識にすぐさま、分かりやすい結果をもたらしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ