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変わり映えのしない日常の片隅で笑って

ご覧になってくださり、ありがとうございます!

「あ、そうだそうだ、カハヅ・ルーフくん」


 マヤは本人に嫌がられたフルネーム呼びを止めることもせずに、平然とした様子で少年に重ねて提案をしてきていた。


「せっかくなら、これをこうして、あれをああしてしまえば良いんだよー」


 なんのことやら。

 マヤは言葉で語るよりも先に、実際に体を動かして自らの意見を表そうとしていた。


 机の上に用意してあった保存液に指を伸ばす。

 ルーフに預けるつもりで用意した、瓶詰めにされた少量の液体。

 「水」と呼称される、魔力をひとつの形として凝縮したもの。

 それに由来する液体は、小指ほどの大きさしかない小瓶の中でユラユラと、柔らかく揺らめいていた。


 マヤはそれを掴み取り、軽やかな動作で小瓶を密封していた金属の蓋を開けている。

 ガラスの面と金属の蓋が擦れ合う、キュルキュルとした音色がマヤの指の中でかすかに奏でられる。

 カポン……と小瓶の蓋が開けられた。

 それまで限定されていたはずの内側が解放されて、液体の表面が外界の空気、そこに含まれる成分と瞬間的に触れ合っている。


 中身がマヤの指の動きに合わせて繊細にやわやわと、敏感にふらふらと動いていた。


 途端に魔力の匂いがした。

 窓際に置かれた熟れた林檎のような、甘酸っぱい匂いはルーフの嗅覚に、喜ばしい情報として受け入れられている。


 怪物の血液から採れる魔力の一つ。

 魔力の気配に魔法使いの少年の口内から唾液が、こんこんと溢れようとしていた。


「ルーフ君、よだれが垂れてますよ」


 ハリがそう指摘してきた。

 声のした方に視線を向ければ、同じようによだれを垂らしているハリの顔が拝めた。


「お()-も大概だぞ」


「おや、これはいけない」


 ハリとルーフは唇の端をなぞり、滲出した食欲の気配をごまかそうとしている。


 魔法使いたちが己の欲望を抑え込んでいる。

 そんなことなど露知らずと言った様子で、マヤは小瓶の中に「あるもの」を入れていた。


 ポチャリ、と液体の中にひと粒、小さな何かが落ちる音色が聞こえる。


「あ、おい……」


 それを見た、ルーフが驚きの声を小さくあげていた。


「それ、トーヤの魔力じゃねえか」


 藍色の粒。

 開かれたままとなっていた帳簿の(ページ)から、マヤはとりたててためらうこともなく、魔力のかけらである宝石の粒を取り出していた。


「なんで、そこに入れようと……? ……っつうか、勝手に取って大丈夫なのかよ? このアトリエの大事な記録なんだろ?」


 ルーフが心配をしている。


「だいじょぶ、だいじょぶ、気になさることは無いってー」


 不安そうにしている魔法使いの少年とは相対的に、マヤはいたってリラックスをした様子で小瓶の蓋を再び閉めようとしている。


「なんてったって、オレはこのアトリエをまかされている管理者の一人なんだからー。ちょっとくらい例外のことをしたって、誰も怒らない、怒らないってのー」


 そんなことを言いながら、マヤは得意そうな様子で右目に装着したモノクル、管理者としての道具をコツコツとつついてみせている。


「「花子ちゃん」も、べつにいいよねー?」


 モノクルを触ったままで、マヤはアトリエ内のどこかしらに声を投げかけている。


「もっちのろーん♪」


 宝石店の店員である彼の言葉は、天井部分にどこまでも広がる虚空、暗闇のあたりから返事を伴わせていた。


 アトリエを管理する機構の一部分。


「必要最低限の秘密を守るのならばー♪ 持ち出しすることも認可できるってカンジー♪」


 使役種と呼ばれる、人間に友好的な怪物の一種が、マヤに向けての返事を寄越している。


「だそうだよ、そうなんだよー。と、いう訳で、ハイ」


 マヤはガラスの小瓶の蓋をほぼ完全に閉め終わった。

 再び限定された空間を作りだしながら、マヤは小瓶をルーフの方に差し出している。


 ずずい、と押し付けられた。


「え、えーっと……」


 断る理由を上手く考えられないままで、ルーフは小瓶に詰められた()()()……。

 もとい、トーヤと言う名前を持つ、怪しい集団のリーダー格とされる男性の魔力のかけら、とされる宝石の一部を受け取ってしまっていた。


「いやいや、いや……こんなん、俺にどうしろってんだよ?」


 されるがままに、とりあえず受け取ってしまった。

 ルーフは、自分自身にも自覚できる程にアクションが遅くなってしまった事を、悔やむ暇も無いほどにただ動揺するばかりであった。


「なんで俺が、犯罪者の魔力を持ってなきゃならねえんだっての?」


 拒絶感を示している。


「それはもちろん、適応力が高いからだってばー」


 ルーフに対して、マヤは平然とした様子のままでそれらしい理由を語っていた。


「て、テキオーリョク……?」


 またしても専門的な用語の登場に、ルーフが両の目をぱちくりとさせている。


「ほら、ほら、さっきかけらに触ったとき、気持ち悪いカンジで白目剥いてたじゃんー」


 どうやらマヤは先ほどの、白昼夢と思わしき状況のことを言っているらしい。


「いいい? マジかよ……白目剥いてたのか、俺……」


「いや、気にするところソコですかルーフ君」


 少年の着眼点に、ツッコミを入れているのはハリの声であった。

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