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今でもずっと悔やんでいる

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 とりあえず立って見ることにしてみた。


「気を付けてくださいよ」


 アトリエの床の上をよろよろとしている。

 部屋の中を舞う綿埃のように不安定な、おぼつかない動作のルーフに、ハリが心配の声をかけてきている。


「ああほら、そこ、ガラス瓶があるので危ないですよ、王子様」


 ハリは不安そうに、瞳孔を黒豆のように丸く拡大させている。


「分かってるって……」


 黒猫のような魔法使いに言われるまでもなく、ルーフは与えられた道具に順応しようとしていた。


「っていうか、そのオウジサマって呼び方、やめてくれないか?」


 おそらくは自分のことを意味しているであろう、名称に対してルーフは今さらながらの不満点を主張している。


「なんだよ、どうしてそんな無駄に高貴な感じで呼びたがるんだよ……意味分かんねえよ」


 ルーフが疑問を抱いている。


「だって、()()()君だと、さっき言っていたトーヤの別の名称と被っちゃうじゃないですか」


 それに対して、ハリはさらりとした様子で理由を語っている。


 トーヤ。

 このアトリエに保存されていた帳簿に記載されていた、とある男の名前。


 この灰笛をはじめとして、この世界に暗躍する集団をまとめているとされる。

 いわゆるところの、限りなく黒に近しいグレーな行為をする、逸脱者の名称でもあった。


「これでもボクなりに気を遣っているつもりなんですよ、王子様」


 迷いのない視線の中でハリはそう言い張っている。


「そうかよ……」


 気遣いについては、とりあえず有り難く受け入れることにする。


「でもそういうのって、自己申告したら意味ねェんじゃね?」


 ルーフは気分を害したことに由来する、揚げ足を取るような言葉を呟いている。


「なにをおっしゃいますやら、この王子様は」


 しかしながら、ハリはルーフの言ったことを滑らかに否定していた。


「誰も褒めてくれないのなら、自分で自分のことを褒めるしかないのですよ」


「ああ……そういうもんかよ」


 どうやらこの話題に関しては、ルーフは目の前にいる黒猫のような魔法使いとは分かりあえないことを悟っている。


 ……それはそれとして。


「……でも、なんで王子呼びになるんだよ?」


 もう一つ、ルーフは気掛かりをハリに伝えている。 

 

「それは、ただ集団がルーフ君のことをそのように扱っていたからですよ」


 引用元を明かされた。


「…………」


 さて、どの様に答えるべきなのか。

 ルーフは自分自身でも強く不快感を表しているのを、自覚せずにはいられないでいた。


「トラウマを抉るのか、抉らねェのか、どっちかにしてくれよ」


 傷つくわけにはいかない。

 悲しみを抱かないように努めて心を動かそうとする。


 だがそうする程に、ルーフは心情にて怒りのようなマイナス部分が発露するのを抑えられないでいた。


「こちとらまだ、呪いの傷も完全に癒えていねぇってのに……」


「それに関しては、すみませんでした」


 以外にもハリはあっさりと謝罪の言葉を用意していた。


「あの時、あの日ルーフ君の身に起きた凶事に関しては、モアさんを含め、ボクらにとっても大きな失態であったと、そう認識しているつもりなんですよ?」


 集団の手によって、ルーフの肉体が呪いに侵害されていった。

 思い返してみれば、ハリ等もあの現場を目の当たりにしているはずだった。


「思えば久しぶりの感覚でした」


 過去を思い返すように、ハリは眼鏡の奥の瞳を少し、遠くの方に差し向けている。


「ひとの手による、呪いによって人間の形が変わってしまう。その様子を見たのは、あれで二回目……いえ?

 三回目になるのでしょうか」


 ハリは左指で一本二本、三本と数をかぞえようとしている。


「……あれれ? もっとあったような気がするんですけれど」


「どんな体験をしてんだよ……」


 ルーフにしてみれば、たったの一回でも肉体を業火に燃やし尽くされるほどの苦痛を伴ったというのに。

 世の中には、この世界にはまだルーフの知らぬ呪いの形があるのだろう。

 そのことを想像した、魔法使いの少年は恐怖よりも嫌悪の方を強く多く抱いていた。


「まあまあ、カハヅ・ルーフくーん、そんなにいちいち細かい事にばかり怒ってないでぇ、リラックスしようよー」


 感情を小さく荒ぶらせているルーフ。

 そんな魔法少年に対して、マヤが気軽そうな様子でなだめようとしていた。


「うるせぇよ……俺にとっては、これでもものすごく重大なことなんだっての。……っつうか」


 事を平坦に片付けられそうになりつつある。

 ルーフはたまらず、マヤに向けた反論のようなものを考える必要性に駆られていた。


「あんまり気にしねえようにしてたけど、いつの間にかまたフルネーム呼びに戻ってんじゃねえか」


「あ、そういえば、そうだったねー」


 指摘されるまで気付かなかったらしい。

 マヤは少しだけ驚いたように、目をくるんと丸くさせてみせていた。


「やっぱり、オレってば君のことがあまり好きになれそうにないみたいだー」


「そうかよ……」


 マヤが正直に語っている。

 そのことに関して、ルーフは特に傷ついている訳でも無い、自分自身に気付いていた。

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