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ハーレム談義はそこそこに

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「少なくともルーフ、カハヅ・ルーフって冴えない名前よりかはずっと、ずうっとかっこいい名前だと、ボクは思いますよ?」


「なんだとコノヤロウ」


 ハリの言い分に対して、ルーフ反論せずにはいられないでいた。


 単純に自分の名前を否定された。

 と言えば理性的に聞こえが良い。

 だが、もっと単純かつ短絡的に考えれば、自分のことを意味する固有名詞、つまりは自分の存在をけなされたことになる。


 そのことに苛立ちを覚えようとする。

 だが魔法使いの少年が感情を動かすよりも先に、ハリの方は自らの抱いた感覚を言葉の上に主張し続けていた。


「絶対そうですって」


 ルーフがそれなりに分かりやすく気分を害している。

 だがそれに構うことなく、ハリは思考のなかに浮上した感覚を言葉にし続けていた。


「なんというか、越えられない壁? 果たせない夢を感じさせる、魅力的な主人公って感じの名前です」


「そうかあー?」


「そうですって!」


 懐疑するルーフに、ハリはどこか異様なほどに張りきった様子で主張をし続けている。


「圧倒的に魅力度が違います! この名前なら、きっと女の子にもモテモテのモッテモテ。暗がりのかがり火にたかる羽虫のように、女の子を惹きつけまくるんですよ。そしてですよ、ハーレムの一つや二つ、朝ご飯の目玉焼きを作るように簡単にこしらえるでしょうよ」


「そうかあー? そんな風には、思えねえけどなあ……」 


 どこか異様なまでに自信有り気にしている。

 黒猫のような聴覚器官がピン、とまっすぐ立っている。

 その様子を見て、ルーフはこの魔法使いの男が心からその「名前」に対して信頼を寄せている事を察していた。


「っつうか、なんかよお……その言い方だと逆にこのトーヤってやつに失礼じゃねえか?」


「ええ、なんでですか、どうしてなんですか?」


 心の底から不思議そうにしている、ハリに対してルーフは自らの主張を言葉の上に装填(そうてん)していた。


「こいつも、……トーヤもわざわざ女集めて暮らしたがるか?」


「おや、世に広く伝搬するハーレムものに立ち向かおうというんですか?


「いや別に、何もそこまで言っている訳じゃねえけども……」


「男なら、男の子なら、(おのこ)ならば! 一度はおっぱいとおしりの群れに身を沈めたいと願うものンなんじゃないですか?」


「やめろ……お前の価値観で全ての男の品格を勝手に下げるな」


 ハリの言い分にルーフは真っ向から否定を挑もうとしていた。


「第一、だ、世の中の女がすべてコイツに惚れるなんて、ありえないだろ」


「そうですかね、夢くらい抱いてもいいじゃないですか」


「その夢だってな、世の中の女に失礼すぎると思わねえのかよ?」


「おや、なんだかずいぶんと紳士的なご意見ですね」


「紳士的でもなんでもないだろ、出会う女全てが自分に惚れるとか、ありえねーだろ」


 ルーフは語るなかで、自分の信じているイメージを上乗せしていく。


「それに、好きな女はこの世、この世界で一人いれば、それで充分だろ」


「白熱する議論中のところ悪いけど、いまは名前について考えている場合じゃないと思うぜー?」


 魔法使いたちのやり取りを根っこから否定するのは、宝石店の転移であるマヤの声であった。


「それで? このトーヤってお客さまとカハヅ・ルーフ君、キミはなんの関連性があるんだよー?」


 最も求めるべき問答をされた。

 

「んーんんん……?」


 宝石店の店員である彼からの質問に、ルーフは思考の内側を検索している。

 思い出せる限りの、人物名を探し当てようとした。


「トーヤ……トーヤか……」


 個人の名称としての意味を持つ、ルーフはその単語から検索できる情報、イメージを可能な限り収集しようとした。


 そうして、そうした後に。


「全然知らねえ、誰だコイツ……?」


 およそ答えにすらなっていない事しか言えないでいる。


「なんだ、知らないのかよー」


 期待すべき解答を場面に用意できなかった。

 マヤはその事実を非難するような、そんな気配を言葉の中にしっかりと含ませている。


「ってきり生き別れた家族だとか、そういうのを期待したんだけどなー」


「ンな訳……」


 否定しかけた所で、ルーフはその可能性も否定できないことを、中途半端に閉じた唇の中に認めている。

 なんてことはない、つい最近にも、自分は怪しい集団に殺されかけたばかりではないか。


「ん? 待ってください、トーヤってどこかで聞いたことがありますよ?」


 互いにそれぞれ残念がっている。

 マヤとルーフの間に、ハリの細やかな声がすべりこんできていた。

 ハーレムやらなんやら、くだらない話をしている時はあんなにも元気がよさそうだったというのに。


 ハリは左の指、なにも身に着けていない、呪いの火傷痕が剥き出しになっている部分で、自らの下唇を軽く押し潰していた。


「なんだよ?」


 真剣そうと言えばいくらか楽観的な見かた。

 ルーフはハリの様子に、どこか異質な気配を察知せずにはいられないでいた。


「ハーレム云々(うんぬん)の話が、まだ続くのか?」


「いえいえ、もうその話は終わりですよ」


 その事実に特に感慨を抱くことは無かった。

 あれだけ白熱させた議論も、時間の経過と共にぬるく飲み下せてしまうのであった。

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