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彼の意見には納得しかねる

宵に、

「なあ、インチキ手品」


 誰に示し合わせたものではないにしても、ルーフはいつの間にか自分の中で定着してしまった蔑称でキンシのことを呼ぶ。


「なんですか、無能仮面君」


 キンシのほうもまた、ほとんど無意識に近い形で彼のことを自作の侮蔑で呼ぶ。


「どうしたんですか、また質問ですか、まだ質問があるんですか」


 言葉こそ素っ気なくしているものの、キンシのほうは彼に対して自分たちの事柄を説明するのが、めったに訪れない娯楽のように感じているらしい。


 その瞳には、濃い灰色をしているゴーグルの色彩ですら貫通する自己顕示欲がみなぎっている。


 何だというのだ………。

 と、ルーフは足の裏に横断歩道の残響を引きずりつつ、すぐ隣の魔法使いに対して若干の薄気味悪さを抱いた。


 キンシは、この魔法使いは、自分の勝手なイメージとしては自身の情報を嬉々として開示するような、太陽的キャラクターとは到底思えなかったのだが………。


 しかしルーフの眼前にいるキンシはどうにも、いささか過剰なほどに意気揚々と身の上話を繰り広げようとしている。 


「なんでしょうねえ、何でも聞いてくださいよっ」


「あ、いや別に……、特にたいしたことはきかねーけど……」


 圧の強いキンシの視線を避けつつ、ルーフは質問を重ねる。


「えーっと、トゥっていつ頃からお前と一緒に魔法使いをするようになったんだ?」


 特にたいした理由もなく、なぜかいきなり核心を突くようなことはしたくないと直感していたルーフは、あえて遠回りの話題から少しづつ外堀を埋めていく作戦を図る。


 魔法使いをするなんて、ルーフは自分自身の繰り出した文法に自分で違和感を抱きそうになる。


 だが禁止はその辺に関しては特につっこみを入れることなく、普通に彼からの質問を脳みそで受け止めていた。


「あー、んー? えっと何年前かっていわれると……、そうですねえー……」


 簡単に答えられそうだとルーフは高をくくっていたのだが、しかしキンシにとっては難問だったらしい。


 左手でグニグニと唇を揉み込み、右手は漆黒のねこっ毛をぐしゃりぐしゃりと乱雑に掻き乱している。


 ゴーグルの奥、そこに埋め込まれている目玉には今にも別の感情が渦巻きそうに。


「あーいや! いい、答えなくて。別のを考えるから」


 それよりも先んじて、ルーフは魔法使いの思考が自宅という名目の避難場所に案内するより前に破裂するのを恐れ、質問内容を変更することにした。


「じゃあよ、トゥはお前が生まれる前から灰笛に住んでたのか」


 彼自身も動揺していたのか、赤の他人であるはずのトゥーイのことを簡略な愛称じみた呼び方で呼んでしまっていることすら、自覚することなく無意識のうち、どうでもいいこととして受け入れてしまっていた。


「えっと、それは───」


 計算と数字の樹海から早急なる脱出を成せなかったキンシはしばらく声をどもらせ、

 そんな魔法使いの代わりに、


「すれ違った時間は風よりも短くあの子は走っていった走らせていた」


 助け舟でも出したかったのだろう、トゥーイがわざわざルーフとの距離をつめて自ら自分の成り立ちを説明しようと。


「あー、待て、待ってくれ」


 しようとするもの、少年は許そうとしない。


「簡単なのにするから、答えるなら簡単な言葉だけにしてくれ」


 ルーフはトゥーイにまっすぐ伸ばした指を示して、「待て」のポーズを演出する。

 

 そして少し考えた後、簡単な質問だけを伝える。


「お前は、トゥはその……、少なくとも十年以上はこの場所に住んでいたか?」


 トゥーイはすぐに、何でもなさそうに質問に答える。


「いい、え」


 無駄な言葉を繰り出さないようにするのが難しいのか、内容は短くとも彼の表情には筋肉の緊張がかもし出されている。


 そこで混乱から回復したキンシが、今度は自分の番と青年の言葉を補足する。


「トゥーさんは最近この国に来たんですよ、少なくとも十年以上前までは違う国に暮らしていたそうです」 


「そうか、わかったありがとう」


 おぼろげで不明瞭ながらも、知りたいことを知れたルーフの内側ではひとつの答えが導き出される。


「海外に暮らしていた……か」

 

 結局のところ、トゥーイとルーフには過去に出会うような、そのような偶然に見舞うチャンスなどなかったということになる。


 外国に暮らしていたような人物が、仮にこの鉄国から旅行などの訪問をしたとしても、いったいどれだけの人間が自分と妹、そして祖父が骨を沈めたあの閑散としすぎている故郷に訪れるというのか。


 確率はあまりにも低すぎる上に、自分が生まれて生きてきた期間の内に外国からの訪問客が確認されるなどという珍事が起きた場合ならば、その後十年くらいは語り草になっていたってなんら可笑しくはない。

 

 ルーフはそう確信していた。


 そして、自分が故郷以外の場所に、それ以外の人が暮らしているような場所など。

 無論海外などとほぼ異世界に近しい土地へと足を向けたことなど、一度として経験してこなかったことも。


 今、現在進行形のこの現実こそが彼にとって、そして妹にとって生まれて初めての遠出であることも。

 ルーフはしっかりと確信している。


 だから、

 と彼は自分自身を納得させる。


 自分は、トゥーイなどという奇妙な異邦人に出会うような、そんな非現実的な経験などしているわけがないのだと。


 ルーフという名の少年は確証に納得し、一人安心に浸りながらこぶしを握る。


「……………」


 トゥーイという名で呼ばれている青年は、彼の勘定を知って知らずか、どちらにせよ無音のままに少年のこぶしを、眉間にしわを寄せて眺めていた。

とても良い夜です。

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