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留まる全体とボクの欠片

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 宝石店の店員であるマヤが宝石の粒についての正体を、魔法使いの少年であるルーフに説明している。


「これは、これはだね、今までウチにご来店していただいた魔導の関係者さんたちの魔力、そのひとかけらをちょうだいしたモノなんだよ」


 「黙っていて」のジェスチャーを作っていた、左の人差し指を伸ばしたままにしている。

 マヤは、その指の先端を自らの唇から静かに、密やかに移動させている。

 まるで何か、何かしらの重大な秘密でも打ちあけているかのような。

 マヤの動作から、ルーフは言い知れぬ緊張感、いわゆるところの居心地の悪さをつよく演出していた。


 実際、宝石店の店員である彼にしてみれば、今日来たばかりの新参者に帳簿の内容を、店の機密事項を撃ち明かすのは、それなりに勇気のいる行動であるらしかった。


「見せたくないなら、そんな……無理して見せなくてもいいのに……」


 ルーフが率直な意見を呟いている。

 ただの感想を言っている最中(さなか)においても、ルーフは一定の緊張感を見に施行(せこう)せずにはいられないでいる。


「いえいえ、いーえ。これから大事な、大事なお客さまになるかもしれねえ、ルーフ君、キミにはぜひともこの記録をその目で、直に確認させておきたいんだよー」


 マヤはまるで秘密の事柄を語るかのようにして。

 宝石店の店員である彼はルーフの目の前にて、帳簿のページを左から右にかけて、スルルン、スルルンと一直線に撫でている。


 いくつもの色が点描されているページが、マヤの指に反応して波打っている。

 それはページが物理的に圧迫されているものかと、ルーフは最初、そう思い込みそうになった。

 だが、どうやらそういう訳でも無いことにすぐさま気づかされている。


 波打つページは、まるで本物の液体に触れたかのように、その表面を柔らかく変化させているのであった。

 はて? 帳簿を構成している材料は確かに紙であるはずだった。

 そのはずなのに、どうしてこんなにも柔らかく、滑らかに形を変容させているというのだろうか?


 ルーフが疑問に戸惑っている。

 その間にも変化は継続させられていた。

 マヤの手によって軽くかき乱された帳簿の「表面」からは、最初のそれと同じく宝石の粒がフワリ、フワリと浮上してきている。


 それは川に身を沈ませた時に肉体から生じる(あぶく)のように、瞬間的にはどこまでも、どこまでも高く浮上していくように思われる。

 だがすぐに、水面と言う限界が粒たちに訪れることになる。

 泡は水面の外側、空気の塊に押し潰される。

 大きな一部の欠片に取り込まれる。


 では、帳簿から浮上した宝石の粒はどうなるのかと言うと。


「……止まった」


 帳簿から浮上した宝石たちは、まるでそれぞれが目に見えることのない糸に繋げられているかのように、その実態を空間に留めさせていた。


「そりゃあモチロン、モチのロン、このまま放っておいたら、どこかに勝手に逃げられちゃうからねー」


 まるで小動物を扱うようにしている、マヤは宝石たちが帳簿の表面に固定されている事を目で確認していた。


 まだ右目に装着させたままになっている、モノクルの小さなガラスの表面に、宝石の粒たちから放たれる光の気配が小さく反射させられていた。


「そんな、魔力って勝手に逃げていくものなのか?」


 マヤの表現に対して、ルーフが少しだけふざけるような素振りを作ってみせている。


「ええ、ええ、モチのロン・ウィーズリーさんだよ」


 しかしながら、マヤの様子には一定量の真剣さが拭いきれないでいた。


「魔力っていうのは、継続させないとどんどん本人から離れていくもの、らしいんだよー?」


「いい? そうなのか?」


 予想外の反応に驚くよりも早くに、ルーフは違和感に喉元を小さく圧迫させられている。

 ルーフはこの世界における魔力についての秘密を打ち明けられた、新たな知識に打ちのめされそうになっていた。


「そうだよー。続けて使わないと、魔法っていうのはどんどん形を変えていくんだからー」


 マヤは語るなかで、モノクル越しの右目の視線をルーフから逸らしている。


 もっと分かりやすい例、具体例を探し求めている。

 そんな、いきなり都合の良い症例が見つかるのだろうかと、ルーフは他人事ながら不安に思いそうになった。


 だが、魔法使いの少年の心配事は杞憂(きゆう)に終わることになった。


「そこんところ、ハリさん、あなたの方がよく分かっているってカンジなんじゃないのー?」


 マヤに問いかけられた。


「んーと? そうかもしれないね?」


 ハリは、しかして明確な答えを返そうとはしなかった。


「それに関しては、ここで詳しく語るつもりはありませんよ」


 マヤがそうしていたように、ハリは左の人差し指を唇の方に寄せている。


「秘密、ですよ」


「なんだよ……ケチくせェな」


 ルーフが不満げにしているのに対して、要求を直接的に断られたマヤの方は、いたって愉快そうにしているだけであった。


「おおーそれでこそ、それでこそ魔法使いってカンジだねー」


 魔法使いの一人の反応に笑いながら、マヤは帳簿から浮上した宝石の一粒をつまみ取っている。

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