歌は文化の極みだそうですよ
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ハリが少し不思議そうにしている。
「こんなもの、一体全体なににお使いになられるというのです?」
頭部に生えている、黒猫のような聴覚器官をピクリ、と動かしている。
黒猫のような魔法使いが小さな好奇心を、薄い三角形の耳と共に動かしている。
ハリが抱いている疑問は、ルーフにもおおよそ共通していることでもあった。
「チッチッチ、これだからトーシローは困るんだってのー」
魔法使いたちが不思議そうにしている。
それに対して、マヤがみるからに彼らのことを侮るように、自分の顔の前で左の人差し指を小さく振ってみせていた。
「この保存液ってのは、おおよそこの世界の全ての魔力に反応するように、成分を調整しているものなんだよー」
左手の人差し指をピン、と真っ直ぐのばしている。
そのままの姿勢で、右の手の平には小さなガラス瓶を乗せたままにしている。
「ウチのお店……。このアトリエと共に、コホリコ家に代々伝わる調合によって生み出された、特別の中でも特に特別な「水」なんだってのー」
「特の字が多いな……」
ルーフが戸惑っているのに対して、構うことなくマヤは右の手の上の物品を少年の方に押し付けようとしている。
「ほらほらーエンリョせずにー。お代はいらないから、とりあえず、とにもかくにも、これを受け取っておいてくれないかー?」
ズイズイと圧をかけてきている。
宝石店の店員である彼の要求に、ルーフは依然として戸惑いを隠しきれないでいた。
「もらうにしても……こんなもの、俺にどうしろってんだよ……?」
実際に手に触れようとする。
その寸前の所まで、ルーフは疑問を保ち続けている。
「そんなに怯えなくてもいいんだよー?」
往生際の悪い魔法使いの少年に対して、マヤはのんびりとした様子をただ継続させていた。
「なに、ちょっと、ちょっとだけサンプルをとりたいだけなんだってー」
「サンプル……」
登場してきた専門的な用語にルーフは一段階、警戒心を濃いものにしている。
「そんなに身構える物じゃないよー?」
少年の瞳に浮上した警戒の色を察したのか、あるいはただ単に言葉の続きを発しただけに過ぎなかったのか。
いずれにしても、マヤはすぐにガラス瓶の中の「水」、のようなものの目的についてを語っている。
「なになに、なあに、次にこの店までお越しになるまでに、君の魔力をウチの帳簿に登録しておきたいんだって」
そう言いながらマヤは、作業机の内側にあったらしい、引き出しを素早く空けている。
中身を三秒ほど、ガサゴソ、ガサゴソ。
短い時間の中で、マヤは素早い動作の中で目的の資料を見つけ出していた。
「それは?」
「それ」を目にした、ルーフがマヤに問いかけている。
魔法使いの少年に問いかけられた、マヤはリラックス、あるいはどこか自信にさえ至るような様子で、物品らしきモノの説明を行っている。
「ふふん、ふふん、これはですねコホリコ家……つまりオレの家に代々伝わる帳簿、のようなものなんだよー」
宝石店の店員である彼が語っている。
その通りとでも言うべきなのだろうか、彼の手の中にあるそれは確かに帳簿としての形を有していた。
帳簿の表紙は、革製の材料にボルドーの色は由緒正しき土地で採れた葡萄酒の気品さを有している。
あるいは、もしかしたら、体から排出されてしまった体液が布に染み入り、渇きながら酸化してく様子にも見えなくはない。
しっとりとした皮の表紙、かすかに匂うのは甘い気配。
「……くんくん」
あまり品の良い行動とは言えない。
そう自覚していながらも、ルーフは鼻腔の中身にある嗅覚を敏感に作動させずにはいられないでいた。
「この甘い匂いは、もしかして……?」
人喰い怪物のモノ、魔力を大量に含んだ存在。
それらと、とてもよく類似した匂いがその帳簿から発せられてきていた。
「まあまあ、さっそくすぎて悪い話だけれど、細かいところはご想像にお任せするよ」
ルーフが言わんとしている事柄を、マヤは先んじてそれとなく肯定するような、あるいは否定ともとれる態度を作ってみせている。
「まあまあ、まずは中身をご覧になってくださいませ、お客さまコノヤロー」
決して丁寧とは、とてもじゃないが言えそうに無い。
マヤの対応でも、ルーフは不思議と気に障ることは無かった。
のは、今のマヤの様子からは、宝石店の店員としての対応能力があまり、と言うかほとんど感じられそうになかったからであった。
宝石店の店員ではないのならば、であるのならば、彼はいまどのように自分に対して接しているのか。
何を基準にして、己と言う存在を確立しているのか。
ルーフは考えようとする。
「ほら、ほら、ご覧になってみてちょ」
魔法少年が答えを導き出そうとした。
だが、それよりも先にマヤは帳簿の中身を少年に開示している。
開かれた、そこには文字はあまり記されてはいなかった。
文字で細かく丁寧に表記するものよりも、もっと単純で、意識に直接語りかけてくるような内容が、そこには保存されていた。
「これは……」
ルーフは帳簿の中身に触れようとする。




