名前を間違えやすい王様
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ポイント評価、とても嬉しいです、感謝いたします!
「そう、それは良かった」
宝石店の店員から同意を受け取った。
ミナモは安堵をするように、右手で胸の前、心臓のある辺りを優しげに撫で下ろしている。
「これでうちも、エミル君にどやされずに済むよ」
「エミル……?」
予想していなかった人物の登場に、ルーフは首を横に傾けたくなる欲求に駆られていた。
アゲハ・エミル。
ミナモにとってのパートナーであり、「古城」に関係する男の魔術師である。
彼のくすんだ金髪、こちらの様子をまだまだ伺おうとしている青い瞳。
たしか、右側は義眼だったか。
それらを思い返しながら、ルーフは引き続きマヤとミナモのやり取りを聞こうとした。
「やれやれ、間を取り持つのはどうにも苦手やな」
とりあえず取引が上手く言ったことに対して、ミナモは簡単な安心を作りだそうとしていた。
「エミル君も、エリーゼちゃんみたいにもうちょっと余裕があれば、色々と楽なんやけどな」
ミナモは、同じ屋根の下で暮らしているパートナーのことを気遣うようにしている。
「エリーゼみたいに、ってのは少し……色々と無理があるんじゃないか?」
彼女の呟きに対して、ルーフが思うがままの疑問点を言葉に出して言っている。
「ちょっとちょっとー?」
魔法使いの少年の言い分に、エリーゼは分かりやすく気分を害したような反応を見せていた。
「それじゃあアタシがまるで、仕事をサボる不届きものみたいじゃないー?」
若い女魔術師が、己の評価に対して不満をあげている。
しかしながら、ルーフは彼女に対するイメージを撤回しようとはしなかった。
「実際そうだろ? 今だって、仕事もしないでなんでこんな……」
口をついて出る不満点をあげようとして、ルーフは基準を止めるように自分の中に意識を少しだけ向けている。
「……こんな、俺なんかのために、こんな所までついてくるなんてさ」
有象無象の中で、ルーフは彼女が自分について関心をもっていること。
それが善意に由来するのか、あるいは悪意から産出された行動力であるのか、いずれにしてもルーフは彼女の行動を依然として理解できないままでいた。
「あらあらー、やめてよ、カハヅ・ルーフくーん」
やはりエリーゼは魔法使いの少年のことをフルネームで呼びたがる。
彼女は充分に潤っている眼球に、否定の色をひとつにじませていた。
「自分のことをそんな風に卑下するのは良くないことよー。謙遜も行き過ぎるとただの卑屈なのよー」
「…………」
彼女が語る内容を、ルーフは耳の中で受け止めると同時に考えようとする。
「……それも、おじいちゃんとやらの受け売りなのか?」
「ううん、これはアタシの、アタシだけの個人的な言葉よー」
引用元を明記させたあとに、エリーゼは慈母のごとき優しげな視線をルーフの方に向けている。
「もっと自分に自信をもって! この世界にキミは一人しかいないのよー」
「あ、ありがとう……?」
どうして自分が励まされているのだろう。
展開の回転の速さに、スピードにルーフはついていけなくなりつつある。
彼と彼女のやり取りをBGMに、アトリエの作業机の上ではやり取り、取引が終局へと結び付けられようとしていた。
「それじゃあ、手頃なモノから見繕ってくれへん?」
行き慣れたバーで水色のカクテルでも注文するかのようにしている。
ミナモは作業机の空いたスペースに体を預けつつ、その濃い茶色の瞳でまっすぐにマヤの方を見ている。
彼女に要求をされた。
マヤは、さしずめバーテンダーよろしく慣れきった態度で彼女の求めるところを聞き入れている。
「そうですねー、手頃なところですとー……」
そう言いながら、マヤは右手にモノクルを携えている。
「!」
どこからともなく現れたように見える、ルーフはそのモノクルに強く注目させられていた。
というのも、ルーフの鼻腔に熟したリンゴのような、甘酸っぱい香りが感じられていた。
それは、魔力の気配だった。
ルーフはそこでようやく、そのモノクルがこのアトリエ内において魔力の道具であることに気付かされている。
例えばルーフにとっての猟銃のようなもの、ミナモにとってのバイクのようなもの、そしてハリにとっての刀のようなもの。
それらに該当するのが、マヤが右目に装着しているモノクルであるらしかった。
「検索、検索ゥー♪」
マヤはまるでうららかな春の昼下がりのような声を使って、鼻歌交じりに作業机の上で人差し指をつい、と軽く動かしている。
せいぜい空気の中のチリやらホコリやらを動かす程度の力しか籠められていない。
なんとも気の抜けた動作の後に、
ジャラジャラ! ジャラジャラ!
ジャラジャラ! ジャラジャラ!
と金属が互いに擦れあう、大量の音が頭上の辺りからゲリラ豪雨のごとく降り注いできていた。
「うわ、なんだ?」
ルーフは音の正体を探ろうとするのと同時に、首の向きはすでに反射的に上へと向けられている。
見上げた先、そこでは大量の宝石入りガラス瓶がせわしなく動いていた。
まるで誰かに命令されたかのように、それぞれの透明なガラスが中身の宝石と、それを包む保存液を波打たせている。




