自慢の機械を見てくれないか
どうして!
他に、あるいは最初からうまくこの場を切り抜けられるような言葉も行動も思いつけなかったキンシは、諦めてありのままの事実だけをルーフに告げる。
「すみません、シーベットライトトゥールラインさんの……、トゥーさんの言語事情に関して僕が知っていることは、本当に先ほど述べたような情報しかないんです」
なおも疑わしい視線を向けてくるルーフに、キンシはややむきになって供述を続ける。
正式名称で呼ぶことを止め、言葉を早く繰り出すために結局は愛称を使用していた。
「そのあたりに関しては、何のフィクションもないただの事実ですよ、事実でしかないですよ」
そして自分自身の記憶を探るように、少年から視線を外して何処か遠い町の向こうの彼方へと意識をとばす。
「これと言うかあれと言うか、それでも昔よりはだいぶマシになっているんですよ。それは確実に、僕の記憶に新しい経験による事実です」
「昔より?」
何となくの非常に身勝手な感覚として、トゥーイと呼ばれている青年に過去があることを想起できていなかった。
例えばオンラインゲームのプレイヤーキャラのように、ネットのラインに乗った瞬間から産声一つ上げることなく誕生してきた。
そんな感じの人間的ではない印象を、生き物としての成長を彼に全く見いだせていなかったルーフは、図らずして判明しようとしている青年の過去に一気に関心を惹かれた。
「あいつの、トゥの昔ってどんなんだったんだ?」
仮面の奥に好奇心をたぎらせつつも、なるべく平静さを取り繕ってルーフはキンシの言葉を期待する。
「そう、ですねえ………」
キンシは左手の人差し指を唇に添えながら、すでに過ぎ去った日々のあれこれを記憶の中から引っ張り出す。
「トゥーさんの昔は、僕と出会った時の頃は本当に全く他人とコミュニケーションをとることが出来なかったんですよ」
魔法使いは意図せず懐古にひたる。
「なんてったって言葉がまともに出ないんですからね、補助道具を何とか復元できるようになるまでは、それこそ手話だったり筆談だったりいろいろな方法を試して頑張りましたよ」
過ぎ去った日々の事を思いだし、キンシは一人思い出の温かさを口内に味わう。
「大変だった。うん、大変でしたよ、あの時はまだ事務所に配属もされていない、完全なるフリーでしたからね。その日その日のご飯を食べることもままならず───」
過去語りが演劇じみたところで、それより先にルーフは気になることを追及する。
「補助道具って、あいつなんかそんな感じの機械着けてたっけ?」
言語を話す意思がありながらそれが出来ない状況にある人間の補助する道具は、魔法魔術及び科学分野でもそれぞれすでに開発がなされている。
実際に使っている人の、体験談的うわさぐらいなら少年にも耳に目にしたことがある。
しかし。
「そんな機械だとか、道具だとかを使っているようには見えなかったけどな……?」
ルーフの疑問にキンシは特に感慨もなさそうに、至極当たり前の事柄のように彼に説明を加えてくる。
「ちゃんと使ってますよ、上着とか首巻に隠れて普段は見えませんけれど」
と、そこで彼らはついに横断歩道に到着する。
赤信号だけが煌々と輝く、人けも車けも船けも何もない気配のない横断歩道。
魔法使いと少年はきちんとルールを守るために、その前で足を止めた。
そしてついでに、とでも言うように。
「折角だから見せてもらいましょう、おーい!」
何の予備動作もなくキンシが後方の、いつしかそれなりに自分たちと距離を詰めていた青年と幼女の二人に声をかけた。
「トゥーさーん!」
「なーに!」
トゥーイのかわりに返事をしたメイ。
キンシに呼ばれた彼らは駆け足で一気に横断歩道の元へと接近してきた。
キンシが青年に要求する。
「トゥーさん、あの音の出る機械を仮面君に見せてあげてください」
状況を一気に進められたルーフは、遅れながらも慌ててキンシを抑制しようとする。
「ちょ? ちょちょ、別にいいって………!」
もうすでに手遅れだとしても、彼は青年に自分の要求がこれ以上聞き取れぬよう声をひそめずにはいられなかった。
「そこまでして知りたいわけじゃねーし……、余計なことすんなっ………!」
「何が余計なことなの?」
兄の動揺っぷりをメイは不思議そうに見上げていた。
キンシがにこやかな表情で彼女に事の成り行きを解説する。
メイはなんとも楽しそうに胸の前で手を合わせ、ルーフの行動を促進しようとした。
「偶然ね、私たちもちょうどそれとなく共通する話題で、今さっきまで楽しんでいたのよ」
彼女はそういうが否や、サッとトゥーイに向けて言葉を投げかける。
「えっと……、今日はいいお日柄ですね」
メイの言葉のすぐ後にトゥーイが音を発する。
「聞こえているならばロスタイムに太陽が輝く」
妹は明快な顔つきで兄の様子をうかがう。
「ほらね、お兄さま」
彼女は何かを期待しているようだったが、
「え、いや、ほらねって言われても意味わかんねーよ」
兄には何が何だか、全く解することが出来なかった。
妹はそんな彼の素っ気なさですら面白そうに、やり取りの解説をニコニコとくわえる。
「私が言った言葉をトゥーイさんがそのまま繰り返して、発音道具がどんな言葉に変えてしまうのか。っていう遊びをずっとしていたの」
ああ……なるほど。
ルーフは状況だけを理解した。
妹は青年が持っているとされる発音補助道具。魔法か魔術かあるいは普通の機械か、何かしらの機械を使っていわゆる翻訳の齟齬を利用した遊戯に投じていたのだ。
キンシと同じく、あるいはそれ以上に機械群の取り扱いが苦手な妹にとっては、道具を使った単純な遊びでも十分な暇つぶしとして活用出来たはず。
そう確信するとともに、ルーフの中では実行しなければならない事柄に嫌気を覚えつつも、逆らい難い好奇心が膨れ上がっているのを認めざるをえなかった。
迷い的魔法が見えました。




