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春うららのあたたかさも知らずに制服は全く似合っていない

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「痛ったあッ?!」


 突然、のように思われた攻撃であった。

 少なくともルーフにとっては。

 激しくはたかれた、手の甲を始点としてルーフの右手全体に痛みがぐるんぐるんと巡る。

 だが魔法使いの少年が避難の目を向けても、マヤはいたってキツゼンとした態度を崩そうとはしなかった。


「ダメダメ! ダメだよー、カハヅ・ルーフくーん」


 魔法少年の行動こそ、この世界の何よりも信じ難いものとして扱うようにしている。

 マヤは、宝石店の店員としての姿勢を強く主張しようとしていた。


「今この宝石はとても不安定な状態になっているんだ。ヘタに触ると、せっかく満たされて拡張された魔力の容量が(しぼ)んじゃったらどうするんだよー?」


「どうするって……知らねえよそんなの……」


 予想だにしていなかった方向から非難めいたものを向けられている。

 ルーフは納得のいかないままに、それでも宝石店の店員が起こそうとしている行動の方に、比較的多く関心を示そうとしていた。


 魔法使いの少年が複雑なる思いを抱いている。

 少年の心情など露ほども知らぬままに、マヤは腕の中にある宝石、瑪瑙(メノウ)のひと塊に視線を落としている。

 

 宝石店の店員の眼差しは、愛すべきものを愛おしむ、当然の帰結に満ち満ちていた。

 もしも彼に我が子が生まれたとしたら、そこに子孫繁栄に基づく愛情が無事に構築されたとしたら、生み出されるであろう視線のあたたかさ。


 ルーフは空想をする。

 想像できる範囲内においても、浮かび上がった空想はどうにも面映(おもはゆ)いもののように思われて仕方がなかった。

 マヤの顔面を包む柔らかな気配に、ルーフは戸惑いをより一層深いものにせずにはいられない。

 まるで、ちょうどマヤが抱えている瑪瑙(メノウ)の青と白の層のように重なり合おうとしている。


「ともかく、ともかく、だよカハヅ・ルーフ君」


 相変わらず、わざわざルーフのフルネームを呼びたがる。

 マヤは展開させていた妖精族特有の(はね)をひらり、と大きく震わせている。


 魔法の(はね)の動きに合わせて、マヤの体が魔法的な作用によって重力に逆らっている。

 ふんわりと持ち上がる体は、瑪瑙(メノウ)ひと塊ぶんの重さが加えられていた。


 ルーフの視線、含まれる妄想は透明なものでしかなく、言葉にしない限りは決して現実に認識されるはずもなかった。

 空虚の範囲を脱することの出来ない、イメージは魔法少年の脳内にて音も無く破棄されていく。


「よかったじゃないー、カハヅ・ルーフくーん」


 ルーフに励ますような、そんな意味合いを含む言葉をかけているのはエリーゼの声音であった。


「最初はどうなることかと思ったけどー、何とか義足の修理に使えそうな宝石が見つかって良かったじゃないー」


 エリーゼが語る所の「最初」とは、ルーフの義足が壊れた、ないしルーフ本人の意思に従わない状態のことを指しているのだろう。


「もしかしたらこのまま、一日まるごと浪費しても事態が解決しないまま終わるかと思ったわよー」


 縁起でもないことを言っている。

 ルーフはエリーゼの方を見た。

 声だけでは判断できないであろう、彼女の出で立ちからルーフは若い女魔術師が嫌味や皮肉などを言っている訳ではないことを把握する。


「それにしてもー、カハヅ・ルーフ君もこれですっかりこの魔力社会の一員ってカンジ? そんなカンジ?」


「そんなの……知らねえよ」


 問いかけられた、内容にルーフは上手いとされるであろう返しを思いつけないままでいる。

 まごつく魔法少年をよそに、エリーゼは自分の内側に思い返される事柄を、思いつくままに言葉にしていた。


「カハヅ・ルーフ君もこの町……灰笛(はいふえ)に来て、大体一か月かそこら、それ以上になるんじゃないかしらー?」


 結局のところ何一つとして具体的な数字を明記していないように思われる。

 だがルーフはエリーゼの曖昧さを訂正するつもりはなかった。

 ここで内容を詳しく語ろうとするよりも、それよりもルーフは一つの事実だけを自分の内に再認識しようとしている。


「もうすでに、……一か月以上は此処(ここ)にいることになるのか……」


 特に感慨深いものを抱いた訳ではなかった。

 どちらかと言えば、後悔のようなものが感情の割合を多く占めている。

 それこそ、物事においておおよそ求められるであろう月日、数の正確ささえ考えたくなくなる。

 要素の重苦しさ、過ぎ去った日々の質量にルーフが密に押し潰されそうになっている。


「なんつうか、あっという間だったような……そうでもないような……」


 魔法少年はごくごくシンプルな、短い、味気ない感想だけを言葉の上に変換している。

 

 この土地、灰笛(はいふえ)と呼称される地方都市。

 鉄の国、魔法少年が生息している国家、文化の区切りの中。

 そこに生きている間に生まれる、あるいは生まれたであろう感情の数々。

 

 それらがすべて、今のルーフには無意味なもののように思われて仕方がない。


 ……だが、そんな魔法少年の感情形態を否定しているのは、少年とは別の魔法使いの声であった。


「それだけ生きていたのなら、きっと、たくさんの怪物に出会うことができたのでしょうね」


 声のする方に目を向ける。

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