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眠くなる夜に歌い、そのまま両手を床につく

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 ルーフの口の動きに合わせて、リンゴのような結晶体の表面が変化をしている。

 宝石店の店員であるマヤが、冷蔵庫の扉を開けようとしている。

 その間に、リンゴの皮はその見た目の中に(あぶく)のようなものを立ち昇らせていた。


 冷蔵庫の中、内部を構成している棚の一列。

 そこにはリンゴ……のような形と色を持った、魔力鉱物の結晶体がズラリ、と並べられていた。


「もぐもぐ……」


 ルーフはその結晶体を本物のリンゴのように咀嚼しながら、目にした光景に驚きの感情を演出していた。


「もぐ……。こいつは驚いた、あんた、とんだリッチマンじゃねえか」


 昨今の魔力優先主義社会において、リンゴの形に整形された魔力鉱物の結晶体は、少なくとも適当に生きていく上ではあまり関連性の無い一品であるはずであった。


 なんといっても結晶体は、リンゴは人喰い怪物の肉体、その身を熱く流れる血液を凝縮したものと変わりはないのである。

 人身の安全を脅かす可能性、危険性のある怪物を相手にすること自体、「普通」の一般市民には無縁の行為である。

 少なくとも、ルーフはこの灰笛(はいふえ)という名の地方都市に訪れる前まではそうだった。

 安心安全なる故郷で太陽の光を自由気ままに浴びながら、怪物とは全く無関係の安心、安全なる生活を家族と過ごしていた。


 ルーフがそんな、もう二度と取り戻すことの出来ない過去、思い出に幾ばかりか意識を浸している。

 

 そうしている間にも、この魔法使いの少年の視界には冷蔵庫の中を占めるリンゴの姿が視認されている。

 真っ赤に輝く、艶やかで美しいなめらかさ達。

 素直に美しいと思える、貴重なものと尊ぶことができる。

 しかしながら同時にそのリンゴ達は、魔法少年に自らが受け入れている日常の範囲を超える、異常性の輝きを放っていた。


「いったいぜんたい、何処のどいつからそれだけのリンゴをせしめてきたんだよ?」


 ルーフはそう言いながら、二口目をリンゴの表面に、中身の果肉に触れ合せようとしている。

 少しだけ視線を下に、チラリと食べかけの表面に向けてみる。

 かじってみた、中身はやはり普通のリンゴのようで、それ以外に表現の仕様も無いほどであった。

 もしかしたら高級で鮮度の高い果実と同じような果肉が、ルーフが入れた歯の形、きちんと一口分だけ噛み千切られている。


 見た目としてはリンゴの型に削り出されたルビー、鉱物の塊にしか見えない気もする。

 特に何を考えるまでもなく、ほぼ反射的にそれを可食できるものとして認識していた。

 ……と言うのも、ルーフは以前に祖父から「食べられる宝石」のことについて、教えてもらっていたのだ。


 たしか……。


 …………。


「やあルーフ、久方ぶりのおじいちゃん解説だよ。

 おやルーフ、魔法のリンゴを食べているんだね、しっかりとよく噛んで、果肉の一欠けらも、果汁の一粒さえも逃さずにきちんと、摂取し尽くすんだよ」


 …………。


 まずそれだけの言葉を思い出している。

 それを頭の中に再生していた、ルーフの口はその頃にはすでに二口目を望んでいた。


 望んだもの、それを自由の中で実行する。

 かぶりつく、そうしていると一度目では気付くことの出来なかった変化が見えてきた。

 

 ブクブク、ブクブク。

 

 (あぶく)が膨れ上がる、気配はリンゴの赤い透明感の中で立ち昇っていた。

 ルーフの前歯が噛み砕いた、果肉の断面図から空気の気配と思わしき丸い粒が膨れ上がる。

 何か、人間のように質量と重さを持ったモノが、例えば海のような水が大量に存在する空間に落下してきたような、そんな(あわ)がリンゴの表面に現れていた。


 もちろんそれは本物の液体に起きている変化ではなく、リンゴの皮の中身には相変わらず薄い黄金色の果肉が水分を多く湛えていた。

 どうやらその気泡たちは、もっと別の空間からルーフの動きに合わせて生じている変化であるらしかった。

 もしかすると、このコホリコ家に伝わるアトリエの内部のように、リンゴを形作っている要素に異世界が関係しているのかもしれない。


 そんな事を予想しながら、ルーフはリンゴを噛みつつ、冷蔵庫の中身の環境に対する評価を続行していた。


「それだけのリンゴ、どれ程の怪物を殺せばこさえることができるんだろうな?」


 ルーフが質問のようなものをしている。


「うーん? 具体的な数字に関しては、ちゃんと資料を見ないとオレには分かりそうにないなー」


 魔法使いの少年からの問いかけに対して、マヤはとりたてて特別性もない受け答えだけをしていた。


「なんてったって先代、先々代、あるいはそれよりもっと前から続く店の貴重な備品だからねー。オレみたいな最近ようやく店を継ぐ気になったぺーぺーには、そう易々と店の中核を任せてくれないんだよー」


 いったい誰を基準にして語っているのだろうか。

 ルーフが不思議さを抱こうとした、それとほぼ同時にアトリエ内から音声が発せられてきていた。


「そんなのモチロンー♪ もちのろんー♪ だよっ」


 若々しさと無機質さを同時に内包した、音声を発しているのはコホリコ家が管理している使役種、人喰い怪物の一種であった。

 

 彼女……? と思わしき声に、ルーフは耳をかたむけられる分の余裕を回復させていた。

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