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ちゅちゅと舌を鳴らすコトリちゃんたち

見つけてくださり、ありがとうございます。

 宝石店の店員は、はたして何をするつもりなのだろうか? 

 一体何を探しているのだろうか?

 気になった、ルーフはしかして疑問の言葉を速やかに用意することができないでいた。


「…………ッ」


 言葉を発しようとした、たったそれだけの動作さえ、今のルーフには困難さを覚えさせるものだった。

 なんといっても、とにもかくにも、体力の消耗が激しかった。

 疲労感の中心点は体の真ん中、腹の中、胃の辺りにことさら多く集中していた。


 それがいわゆる所の空腹感によるものであること。

 そのことにルーフが気付いたころには、胃の内部から呻くような音が発せられていた。


 ぐぎゅるるるるる……。


 内部の空気を捻出し、期待されるべき食料を求めて胃が、内臓が密なる活動を行っていた。

 いたって単純な生理的な反応。

 あくびをするのと同じように、それは当たり前な行為でしかなかった。


 しかしながら、頭ではそう理解しているつもりでも、感情はその音に恥ずかしさを覚えずにはいられないでいた。

 本来ならば咳払いの一つでも繰り出して、この場を誤魔化すこともできたのだろうか。

 だが、今のルーフの肉体に残存している体力は、その行為にさえ必要数を満たしていなかった。


「わあー、お腹が鳴ってるわねー」


 魔法使いの少年の恥をより一層確固たるものにするかのような、そんな企てを想起させるのはエリーゼが口にした感想文であった。


「お腹すいたのー? まあ、それはそうよねー」


 せいぜい顔を赤らめることしか出来ないでいる。

 そんなルーフに、エリーゼは事の正体を客観的に想像していた。


「あんなにもたくさんの魔力を、一気に弾にしちゃったんだものー、いまカハヅ・ルーフ君の血はすっからかんのかすっかすになっているはずよー」


 他の誰かに言われるでもなく、ルーフ自身の肉体が分かりきっていることを、エリーゼは他人行儀な様子で語っていた。


「かわいそうにー」


 口でこそ心配をするような形を作っている。

 だが表情まではともなっていない。

 エリーゼはあくまでも面倒事を解決するために、ルーフの容体の回復を望んでいるようであった。

 はやく面倒事を、つまりは魔法使いの少年を元通りにして、自分のすべき仕事のフェーズへと移動したがっている。


 と、言った本心を特に隠そうともしないのは、流石妖精族の若い女と言うべきなのだろうか。


 ルーフはそう考えようとして、しかして妖精族の全員が全員、何も目の前の失礼な若い女のようなものではない、ということを他でもない自らに言い聞かせようとしている。


 努めて認識を、可能な限り、想像する限り正しい形に導こうとしている。

 魔法使いの少年の努力など露知らず、あくまでも自分の行動を優先している妖精族の若い人間。

 このアトリエに存在している、三角にとがる耳の内の一人がそこでようやく目的のモノを見つけ出していた。


「あー! あったあった」


 決して大声とは言わずとも、暗いアトリエ内に強い存在感を放つ声色。

 マヤの声に反応して、ルーフとエリーゼを含めたアトリエ内にいる人間たちの視線が彼の方に集中する。


 皆が見つめる先にて、マヤは右手の中に一個の物体を握りしめていた。


「それは」


 マヤに問いかけようとしているのは、ハリの声であった。


「リンゴじゃないですか」


 ハリは声の中に興奮の気配を見せている。

 だがそれは、例えば人喰い怪物を目の前にした時のような、否定としての緊張感のそれとは異なっていた。

 むしろ喜ばしいもの、自分の身に余る幸運を見つけてしまったかのような、そんな意外さがハリの声音には含まれていた。


 事実、マヤの手の中にあるそれは、ことさら「魔法使い」にとっては重要な意味を持つ代物(しろもの)であることには変わりなかった。


「お察しの通り、これはリンゴ……。って、この言い方はちょっとオレには違和感があるなー」


 ハリの気配に誘導されかけた、マヤは少し気分を変えるように言葉を自分にとって親しいものに言い換えようとしている。


「魔力鉱物の結晶体。これを、ルーフ君に差し上げちゃう!」


 マヤはそう言いながら、ズズイ! とリンゴ……のような結晶体をルーフの方に差し出していた。


「あ、ああ……?」


 反射的に受け取ってしまったのは、その結晶体と思わしき物体がルーフにとってすでに既知の物質であることに他ならなかった。


 手の中にある、しっとりとした重さのあるそれは、触った感じだとリンゴのそれにとてもよく似ていた。

 甘い香りのする、柔らかくて薄い表皮。

 もしもまぶたを閉じて、ただその「リンゴ」の質感を持っているそれは、普通の果実として錯覚し得るほどの再現度を持っていた。


 だが、そうはならないのがルーフにとっての現実であった。

 すでに眠気と空腹によって、五十パーセント以上は紫がかった暗黒に染め上げられようとしている視界。


 その中で、リンゴの形をした結晶体はほのかな光を放っていた。

 それは「普通」のリンゴとは異なる、あからさまに魔導の関係を持った物質に変わりはなかった。


 ルーフは「リンゴ」を見る。

 その表面は、ルーフの故郷で慣れ親しんだ果実とは、大きく異なる様子を少年に向けて、静かに主張してきていた。

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