ファンタスティックな狂信者を殴りましょう
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「水」と言うのはつまり、魔力の質感のようなものだった。
ハリの血中に含まれているであろう、それらは怪物の群れをすっぽりと覆い尽くしている。
「水」の玉に閉じ込められた、怪物たちは音もなく内側にて暴れ狂っている。
それはまるでイワシの群れが水槽の中でトルネードを描くような、そんな壮大ささえ想起させるものであった。
「じゃあこの子たちはウチが、「古城」があずかるとしてー」
エリーゼがハリの魔法に触れている。
中身に閉じ込めた怪物たちの動きに合わせて、その透明な表面が柔らかく蠢いている。
生きている限り、決して止まることの無い動き。
活動の気配を指先に、エリーゼは魔法使い達の方に視線を移している。
エリーゼは次に起こすべき行動を言葉にしながら、視線をチラリ、とルーフの方に向けている。
若い女魔術師の瞳、そこには椅子の上でぐったりとしている魔法使いの少年の姿が確認できたのだろう。
「あとは、うちのお店が本来果たすべき役割を、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょー」
まるでこの場所の支配権は自分に渡されていて、それを好き勝手に、自由にできる権限があると信じきっているような、気配がエリーゼの全身から香り立っている。
「本来の目的……」
はて、何だったか?
疑問符を頭上の辺りに浮上させかけた所で、ルーフは肉体に刺すような痛みが走るのを感じ取っていた。
右足の辺り、もうすでに欠落し、感覚器官すらも存在していないはずの場所。
そこから痛みが生じていた。
まるで右足がすっかり元の通りに戻ってしまったかのような、そんなリアリティのある痛みが脳に伝達されていた。
一種の幻肢痛の様なものなのだろうか?
ルーフは気だるい体のなかで眼球だけを稼働させる。
できるだけ体を動かしたくなかったと言えば能動的な気分になれる。
だがその実は、望んでも実行できない不可能だけが重苦しく、体の中心を占めていた。
動けない、ルーフの肉体の中において、右の義足だけが活動的な気配を濃密に漂わせていた。
ブスブスと熱の気配を放っている。
剥き出しの機械の部分が、濃い灰色の表面から目に見えない熱気が立ち昇る。
金属質な素材から強い気配を漂わせているのは爪先、ビスクドールの形を残していた部分であった。
……いや、もうその言い方をすべきかどうかさえ、怪しいところであった。
柔らかそうな、繊細そうな質感を持っていたはずの、その場所は熱によって無残にも溶かされてしまっていた。
魔術式を展開した影響から、人の形を模していたはずの爪先は、形がドロドロに溶けている。
まるで蝋燭が炎の熱量によって形を固形から液体に変化するように、人形の形は大きく崩れ落ちている。
「あーあー、ドロッドロに溶けちゃってるねー」
マヤがいつのまにやらルーフの座る椅子の近くに近づいてきている。
彼は魔法の翅を展開させたままで、文字通りはねの生えたような軽快さでアトリエの床の上を移動していた。
マヤにしてみれば、作業机の近く、自分の居場所に戻っただけにすぎないのだろう。
だがルーフには、それこそ空想上の物語に登場する妖精たちのような、そんな唐突さを覚えそうになっていた。
ぼんやりと霞む視界のなか、マヤはルーフの右足、右義足の爪先に指を触れ合せている。
感覚神経が通っていないのだから、彼に触られたところで何か反応を示す義理など無かった。
「……ッ!」
にもかかわらず、ルーフはまるで作りたての生傷に触れられてしまったかのような、そんな不快感を覚えずにはいられないでいた。
「怯えないでイイよー」
「べ、別に怯えてなんか……」
マヤの言葉に反射的な否定文を返しそうになる。
だがルーフはすぐに、それがルーフ本人に向けられた言葉ではない事を視界のなか、マヤの様子から察知していた。
マヤはルーフなんかに、魔法使いの少年なんかに話しかけている訳では無いようだった。
宝石店の店員である彼はあくまでも、どこまでも魔術式を組み込んだ義足、魔法の道具にしか関心を抱いていないようであった。
「魔力の質量に耐えきれなかったみたいだねー」
マヤは目測で語られる内容を口にしている。
宝石店の店員である彼が言う通りに、義足の爪先は熱によってグチャグチャに溶かされているのは承知の事実であった。
「ダメだよー、ルーフくーん、キミ、ただでさえフツーの人よりも魔力の量がムダに多いんだからー」
マヤは叱責を送ると同時に、ルーフの稀有なる体質に対して強い関心を示しているようであった。
「それにしたって、すごいよねー、オレたちみたいに魔力の翅も持っていないのに、あんなにも簡単に停止飛行を成功させるなんて。いやはや、オレたち濃霧……妖精族のアイデンティティが某壁よろしく粉々に破壊されてしまいそうだよー」
すらすらと語っている。
ルーフはマヤの様子に、軽い既視感のようなものを覚えていた。
興奮の気配を感じ取っている。
魔法使いの少年は、相手のことを少し面倒くさい、鬱陶しいと思いつつあった。
しかし、マヤは語り続けている。




