基本的には芸能人になりたい若者たちの未来を握り潰そう
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エリーゼは、いかにもわざとらしく怯える素振りを作ってみせていた。
「いやーん、こわいこわいー」
魔法の翅、蝶々のそれとよく似た器官が、クネクネとくねる体に合わせて鱗粉のようなものをまき散らしている。
彼女の魔力が、ルーフの鼻腔を花粉のようにヒクヒクと反応させている。
「へ……へっくしょんッ!」
エリーゼの魔力の気配を嗅ぎ取った。
嗅ぎ慣れぬ甘い気配にルーフは生理的な、いたって単純な拒絶反応を体に起こしていた。
くしゃみに大きく体を震動させる。
すると、
「痛っつ?!」
瞬間的な衝撃、一見して爽やかともとれる冷たさが通り抜ける。
と思えばすぐに、刃物で皮膚を撫でられ切りつけられたかのような、強烈な痛みがルーフの内側をどこからともなく振動させていた。
「あーあー、ほらほらーどうしたのー?」
ハリに抱えられながら、ふわふわと頼りなく空中を漂っている、そんなルーフにエリーゼが心配らしきものを向けていた。
「魔力を一気に使い果たしたら、体はすんごく弱っちゃうものなのよー」
「……そういうものなのか」
若い女魔術師が、この世界に存在している常識の一つを話している。
それを聞きながら、ルーフは自分の体に今のところは自由が許されていない事を、ただ傍観するように実感していた。
ぐったりとしている、ルーフの体をハリは持て余していた。
「ともかく、彼をどこかで休ませなくてはなりませんね」
無重力状態を継続させたままで、ハリは視線をきょろきょろと周囲にたどらせている。
眼鏡の奥の瞳、翡翠のように深い緑色をした虹彩が、アトリエ内の暗がりを検索していた。
「それは、こっちにまかせてくれないかー」
黒猫のような魔法使いが頼りを探している。
それに反応をしていたのは、マヤの声であった。
見ると、マヤも背中の辺りにエリーゼと同じような翅を発現させていた。
妖精族特有の、魔力の翅。
エリーゼのそれとは形の異なる、少しとがった形の黒色が多くの範囲を占めている翅がヒラヒラとひらめいている。
エリーゼと同じように、鱗粉のような魔法の気配を好き放題に撒き散らしている。
気配を、しかしてルーフはもうすでに感知するための体力すら持ち合せていなかった。
翅をひらめかせながら、マヤの腕がハリの腕の中、力の出ないルーフの方へと伸ばされている。
「椅子があるから、そこに座って大人しくしてなー」
そんな事を言いながら、マヤは椅子の上、作業机の上にある椅子に再びルーフの体を置いている。
魔法の右義足の魔術式はまだ発動を継続させたままである。
本来の重力を否定した、ルーフの体はマヤの腕に軽々と持ち上げられていた。
「わあー、ルーフ君の体って軽い、翅が生えているみたーい」
「……どこぞの少女マンガみてェな台詞言ってんじゃねえよ、寒気がする」
ルーフは冗談のような、あるいはそれなりに本気な否定文を力なく呟いている。
支えられる場所を見つけた、それを実感した、ルーフは魔力の意識を断絶させいた。
途端に元の重さを取り戻した、椅子が重さをギシギシと受け止めていた。
魔力の循環を止めた、無力状態が今は生温かく心地良いもののように思われて仕方がなかった。
……体が重い。
重いだけではない。まるで風邪ウイルスに感染してしまったかのような、肉体が防衛本能のようなものを発動させている。
関節が痛み、泥のようにどろりとした熱に全身の肉が浸されている、ような気がする。
ヘタをしたらこのまま眠りに落ちてしまいそうだった。
ルーフは懸命にまぶたを上に空けて、視界を確保することに集中していた。
ぐったりとした体のなかで、ルーフはアトリエ内にて執り行われているやり取りを見ようとしていた。
「この怪物さんたちは、どうするん?」
問いかけているのはミナモの声であった。
彼女はバイクにまたがったままでいる。
あまり広さの無いアトリエ内において、魔法のバイクはかなり多い存在感を暗がりの中で放っている。
……仕舞わなくていいのだろうか?
ルーフはアトリエの床が傷つくことを、他人事ながら心配している。
「やっぱりー? 殺すべきなんじゃないのー?」
魔法使いの少年の心配をよそに、アトリエの所有者の一人であるはずのマヤは、それよりも別のことに関心を持っているようであった。
「「人喰い怪物は皆殺しにすべし」。この世界に古くから伝わるおまじない、その通りにしないとー」
マヤは歌うように、決められた台詞を唱えている。
それを聞いた、魔法使いと魔術師はそれぞれに異なる反応を示していた。
「そんな厳しい言い方をするものではありませんよ、マヤ君」
ハリはマヤに対してたしなめるような言葉を使っている。
「いかに人を喰らう怪物であっても、それはかつて心を持っていたはずの存在なんですから。少なくとも、必要最低限の礼儀と礼節は持って然るべきですよ」
口でこそ、まともっぽい感性を装っている。
だがルーフはハリの、魔法使いの本性について、まるで意地の汚いクソガキのように疑りかかっていた。




