エイチピーはことごとくゼロに近い魔法使い
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「うわーあー」
叫び声をあげる力すらも残っていなかった。
ルーフは落ちていく。
不慣れな道具、不慣れな武器、不慣れな殺し合い。
戦闘の結果、勝利は魔法使い側に掲げられた。
その結果だけを知った、ルーフは緩みきった体を重力の中にさらけ出している。
人喰い怪物は、とりあえずのところ無力化することに成功した。
これ以上は、人間の体を食い荒らす危険性は無いのだろう。
ルーフはそのことを実感していた。
それだけの事実さえあれば、後はもう充分であった。
後は為すがまま、ことが進むままにまかせればよいのであった。
それでよいのであった、脱力感がルーフの中心点に、ようやっと腰を下ろしている。
このまま落ちてもいいのだろうか?
疑問点を考えなかったわけではなかった。
この高さから落ちてしまったら間違いなく、ほぼ確実に無事では済まないだろう。
粉々になる西瓜のイメージが、再びルーフの思考を一陣の風のように通り抜けていった。
死ぬかもしれない。
でなければ、後々に大きな影響を残す後遺症を負うだろう。
だが、疲労感はルーフの肉体からそれらの、いわゆる正常な判断力と言うべきものを、ことごとく奪い取っていた。
落ちていく、魔法使いの少年の肉体。
このまま落ちてしまえば、無事では済まない。
「ルーフ君!!」
そのことを危うんだのは魔法少年本人ではなく、落ちる少年を見たハリの声であった。
叫ぶとほぼ同時に、ハリは動き出している。
黒猫のような聴覚器官が生えている頭部、漆黒の毛髪をぶわわ、と緊迫感に膨らませている。
ハリは体を素早く降下させていた。
重力の向きを本来の形に戻すというよりかは、ひたすらに下に、下に向かって、魔力を推進させている。
落ち行くルーフの体めがけて、黒猫の魔法使いは左手をまっすぐ伸ばす。
落ちる速さよりも速く、速く、魔法使いは少年の体に辿り着こうとする。
地面、アトリエの床とあと一メートルか、それよりも短い場所か、その辺りでハリはようやくルーフの体を掴みとっていた。
ルーフの首よりも少し下、胸ぐらの当たりの衣服の布をがっしりと掴む。
そのままハリは魔力を使って、全力、全身全霊をもって重力を否定していた。
ふんわり、と無重力が魔法使いと少年の体を包み込む。
「また、無茶をしないでくださいよ、ルーフ君」
魔法少年の胸ぐらを掴んだままで、ハリはどことなく涙の気配をにじませた声で叱っている。
「それは、お互い様なんじゃねえか?」
黒猫の魔法使いに叱られた、ルーフは特に悪びれる様子もなく、ただ淡々に答えていた。
「おっつかれさまーっ!」
アトリエの床の少し上を綿埃のように漂っている、魔法使いの二人にめがけてエリーゼがねぎらいのような言葉を投げかけていた。
「途中途中、危ういところもあったけれど、でもでも! 結果的にきちんと相手を無力化したトコロは評価点よねー」
エリーゼは、責任感を半分ほど欠如させた審査官のような台詞を言っている。
「さてさて、さーて、事後処理をしなくちゃねー」
「古城」に所属している、若い女魔術師の意識は、すでに魔法使い共から外れつつあるようだった。
「よいしょっとー」
軽くて小さな掛け声をひとつ。
エリーゼは自らの肉体に魔力を巡らせて、背中のあたりから魔法の翅を発現させていた。
様々な色合いが複雑に、だが幾何学的な法則を持って明滅する翅。
魔法の翅を広げてエリーゼはふわり、とアトリエの床から浮上していた。
パタパタと翅をひらめかせつつ、エリーゼはハリの作成した「水」の玉の内側に閉じ込められているモノたちを観察する。
「ナナセ・ハリさんが捕縛した怪物は、これで全部かしらねー」
お決まりのように、エリーゼは黒猫の魔法使いのフルネームと思わしき固有名詞を口にしている。
唇の動きとは別に、エリーゼは指で「水」の表面に触れるか触れないかを小さく繰り返す。
「他に取り逃がした個体は、いるのかしらー? いたら問題ねー。ねー、どうなの「花子ちゃん」?」
エリーゼに名前を呼ばれた。
「敵性生物の反応は、一か所に限定されているよー♪」
コホリコ家の一員である、コホリコ・エリーゼの音声に反応して、「花子ちゃん」という名前を与えられた怪物の一種が受け答えをしている。
「検索お疲れさまー、さすが、家の使役種は優秀ねー」
人間に比較的協力的な怪物のことを意味する名称を口にしながら、エリーゼは然るべき処理を続けてなめらかにこなそうとしている。
「だとしたら、この「水」の玉に掴まっているので、とりあえずは全部ってことになるのねー」
エリーゼは右の人差し指を「水」、そしてその内に捕らえられている怪物の群れに指し示す。
ポウ……と、かすかな魔力の反応の後に、玉の支配権がハリからエリーゼに移されていった。
「嫌だわー、ナナセ・ハリさんの作る魔法って、なんかインクっぽい匂いがしてくるのよねー」
エリーゼが文句のようなもの呟いている。
「なんですかそれ、ボクがくさいっていうんですか」
ハリが心外そうにしている。
「文句を言うと、今すぐここで魔法を解除してもいいんですよ?」
脅すような台詞を用意していた。




