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エイチピーはことごとくゼロに近い魔法使い

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、感謝いたします!

ご感想、とても有り難いです!

「うわーあー」


 叫び声をあげる力すらも残っていなかった。

 ルーフは落ちていく。


 不慣れな道具、不慣れな武器、不慣れな殺し合い。

 戦闘の結果、勝利は魔法使い側に掲げられた。

 その結果だけを知った、ルーフは緩みきった体を重力の中にさらけ出している。


 人喰い怪物は、とりあえずのところ無力化することに成功した。

 これ以上は、人間の体を食い荒らす危険性は無いのだろう。

 ルーフはそのことを実感していた。

 それだけの事実さえあれば、後はもう充分であった。


 後は為すがまま、ことが進むままにまかせればよいのであった。

 それでよいのであった、脱力感がルーフの中心点に、ようやっと腰を下ろしている。

 

 このまま落ちてもいいのだろうか?

 疑問点を考えなかったわけではなかった。

 この高さから落ちてしまったら間違いなく、ほぼ確実に無事では済まないだろう。

 粉々になる西瓜(スイカ)のイメージが、再びルーフの思考を一陣の風のように通り抜けていった。


 死ぬかもしれない。

 でなければ、後々に大きな影響を残す後遺症を負うだろう。


 だが、疲労感はルーフの肉体からそれらの、いわゆる正常な判断力と言うべきものを、ことごとく奪い取っていた。


 落ちていく、魔法使いの少年の肉体。

 このまま落ちてしまえば、無事では済まない。


「ルーフ君!!」


 そのことを危うんだのは魔法少年本人ではなく、落ちる少年を見たハリの声であった。

 

 叫ぶとほぼ同時に、ハリは動き出している。

 黒猫のような聴覚器官が生えている頭部、漆黒の毛髪をぶわわ、と緊迫感に膨らませている。


 ハリは体を素早く降下させていた。

 重力の向きを本来の形に戻すというよりかは、ひたすらに下に、下に向かって、魔力を推進させている。


 落ち行くルーフの体めがけて、黒猫の魔法使いは左手をまっすぐ伸ばす。

 落ちる速さよりも速く、速く、魔法使いは少年の体に辿り着こうとする。


 地面、アトリエの床とあと一メートルか、それよりも短い場所か、その辺りでハリはようやくルーフの体を掴みとっていた。


 ルーフの首よりも少し下、胸ぐらの当たりの衣服の布をがっしりと掴む。

 そのままハリは魔力を使って、全力、全身全霊をもって重力を否定していた。


 ふんわり、と無重力が魔法使いと少年の体を包み込む。


「また、無茶をしないでくださいよ、ルーフ君」


 魔法少年の胸ぐらを掴んだままで、ハリはどことなく涙の気配をにじませた声で叱っている。


「それは、お互い様なんじゃねえか?」


 黒猫の魔法使いに叱られた、ルーフは特に悪びれる様子もなく、ただ淡々に答えていた。


「おっつかれさまーっ!」


 アトリエの床の少し上を綿埃のように漂っている、魔法使いの二人にめがけてエリーゼがねぎらいのような言葉を投げかけていた。


「途中途中、危ういところもあったけれど、でもでも! 結果的にきちんと相手を無力化したトコロは評価点よねー」


 エリーゼは、責任感を半分ほど欠如させた審査官のような台詞を言っている。


「さてさて、さーて、事後処理をしなくちゃねー」


 「古城」に所属している、若い女魔術師の意識は、すでに魔法使い共から外れつつあるようだった。


「よいしょっとー」


 軽くて小さな掛け声をひとつ。

 エリーゼは自らの肉体に魔力を巡らせて、背中のあたりから魔法の(はね)を発現させていた。

 様々な色合いが複雑に、だが幾何学的な法則を持って明滅する翅。

 魔法の翅を広げてエリーゼはふわり、とアトリエの床から浮上していた。


 パタパタと翅をひらめかせつつ、エリーゼはハリの作成した「水」の玉の内側に閉じ込められているモノたちを観察する。


「ナナセ・ハリさんが捕縛した怪物は、これで全部かしらねー」


 お決まりのように、エリーゼは黒猫の魔法使いのフルネームと思わしき固有名詞を口にしている。

 唇の動きとは別に、エリーゼは指で「水」の表面に触れるか触れないかを小さく繰り返す。


「他に取り逃がした個体は、いるのかしらー? いたら問題ねー。ねー、どうなの「花子ちゃん」?」


 エリーゼに名前を呼ばれた。


「敵性生物の反応は、一か所に限定されているよー♪」


 コホリコ家の一員である、コホリコ・エリーゼの音声に反応して、「花子ちゃん」という名前を与えられた怪物の一種が受け答えをしている。


「検索お疲れさまー、さすが、(うち)の使役種は優秀ねー」


 人間に比較的協力的な怪物のことを意味する名称を口にしながら、エリーゼは然るべき処理を続けてなめらかにこなそうとしている。


「だとしたら、この「水」の玉に掴まっているので、とりあえずは全部ってことになるのねー」


 エリーゼは右の人差し指を「水」、そしてその内に捕らえられている怪物の群れに指し示す。

 ポウ……と、かすかな魔力の反応の後に、玉の支配権がハリからエリーゼに移されていった。


「嫌だわー、ナナセ・ハリさんの作る魔法って、なんかインクっぽい匂いがしてくるのよねー」


 エリーゼが文句のようなもの呟いている。


「なんですかそれ、ボクがくさいっていうんですか」


 ハリが心外そうにしている。


「文句を言うと、今すぐここで魔法を解除してもいいんですよ?」


 脅すような台詞を用意していた。

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