脇道と曲がり道と脱線と会話と妄想
鼻で笑って、
それからは走らずに、息を切らす寸前程度の速度を保ちながら歩行していた。
生活の空気はあれども、都市としての活気には遠く及ばぬほどに静謐な、つまりは郊外と呼べる土地のなか。
魔法使いと少年をせん頭部にしている奇妙な一行は、互いに言葉を掛け合うこともなく粛々とした雰囲気さえ醸し出しながら、目的地へと歩を進めていった。
中心部を離れたとはいえ、そしてもうすぐ海が近付いているにもかかわらず、相も変わらず建造物の森は晴れる様子が見えず。
魔法使いと少年は何度も、何度も建物とアスファルトで構成されている曲がり角を自身の足で右折左折し続けた。
「………なあ」
何度目かの曲がり角の後、少年は特に大した理由も感慨もなく、何となく近くを歩いていたキンシという名の魔法使いに話しかける。
「ん、何ですか?」
キンシは浸りかけていた白昼夢、もとい思考を中断して少年、ルーフという名の少年の方に顔を向ける。
ルーフは歩きながら、わずかに背後を気にしつつキンシに耳打ちをする。
「ちょっとお前に聞きたいことがあるんだけど……」
「はいはい、何でしょう? 何でもお答えしますよ」
しかしルーフはすぐに質問を言葉にしようとしない。
しばらくはキンシと歩行スピードを同調しつつ、なんとも言えない不安さを口元に漂わせるばかり。
「………あれ? どうしたんですか、だんまりきめちゃって」
そこでキンシの魔法使い的飛躍思考。
「あ、もしかして! 僕と素敵に小粋な会話を楽しむための、最初の一滴を投じたくて───」
「それは違う、絶対に違う」
カスカスな楽観的希望がたっぷり振りかけられた思考は、炸裂する前に少年の手によって叩き潰される。
「あの、な………」
ルーフは中々言葉を繰り出そうとせず、さすがに怪訝さをあらわにし始めたキンシの視線に構うことなく未だにある一点を気にしているようだった。
「んんー?」
ちらっチラッと瞬きの多い彼の視線の先をキンシは辿る。
「あのお二方がどうかしたんですか」
キンシからの指摘にルーフは微妙な頷きだけを返す。
「あ! 解りました。メイさんがトゥーさんとなかよくお話しているのが、ちょっと悔しいんですね」
魔法使いがそう予想した通り、若者たちから数メートル離れた後方では幼女と青年がいかにも穏やかそうな雰囲気を醸し出しつつ、何かしらのコミュニケーションをとりあっているのが見えた。
何を楽しそうに話しているのだろう?
キンシにとってはトゥーイとあんなにも滑らかな関わり合いを、それも楽しそうな笑顔を浮かべつつ実行している人間が自分以外に存在していることに驚き、それこそ微笑みたくなるほど嬉しかったのだが。
しかし、しかし………!
「可愛いかあいい妹さんが見知らぬ男と談笑………。うーんわかります、存分にわかりますよ仮面君」
キンシは一人勝手に脳内で物語を編み始めている。
「愛しい妹の前に現れたのは、睦まじき兄弟愛に亀裂を走らせる運命の男! うーん、いいですねえ」
若き魔法使いの脳内に一瞬にして虚妄の起承転結が紡がれ結ばれていった。
「こんな感じで………!」
どうですか!
と魔法使いが一方的に締めくくる、より先にルーフが相手の脳天にチョップを食らわせた。
「あ痛!」
「なあにアホなことぬかしてんだテメーは」
ルーフはキンシに向けて大きく溜め息を吐く。
「その馬鹿面の何処にそんな突飛な想像力があんだよ、まったく………」
自分勝手に身勝手に、妙ちきりんな妄想を並べたてられたことによって、ルーフの内側にはむしろどうしようもない勇気なる者が湧き上がってきてしまった。
もう一度だけ後方の二人を見やる。
青年と幼女は相変わらず、お互いに白と黒のように対照的な表情を浮かべながら、何か自分たちには聞こえない会話を続けている。
確かに心の内側にチクチクと、キンシが勝手につらつらと連ねた安っぽいフィクションのような感情があることは、否めなくもない。
だがルーフにとってそんな事はどうでもよいことだった。
確かに妹が自分と、家族以外の人間と談笑している光景にそこはかとない不安を覚えはするものの、何故かルーフにはその光景がなんとも───。
…………何と言うか、懐かしいような?
何で、どうして、
懐かしさなんか。
ルーフが納得のいく答えを無意識から引っ張り出す。
そんな途方もない作業などにつきあう時間などなく、
「だったら、何なんですか。早く質問内容を述べてくださいよ」
自分の妄想を否定されて、少しだけ不機嫌になったキンシがぶっきらぼうに少年の言葉を促した。
「あ? あー、えっと何だったっけな」
魔法使いからぶつけられた突飛な物語に脳の調子を崩されつつも、ルーフは何とかようやく元々の話題を取り戻す。
閑話休題、下らぬ妄想失礼いたしました。
気を取り直して。
「なあ、聞いてもいいか?」
「はい、いいですよ」
少年は相変わらず歩きながら、魔法使いの顔をじっと見る。
「あの……、お前がトゥって呼んでるヤツについての事なんだが」
「はい、はいはい」
「あいつって、なんであんな変な話し方するんだ?」
そうでした。




