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ムランムランな発情期の猫に触れてはならない

見つけてくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、ポイント評価、ご感想、心より有り難いです!

「ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ」

 

 鳴き声が聞こえる。

 生まれたての赤ん坊のような、あるいはそれよりも力強い、発情期の野良猫のいななきを混ぜ込んだような音。


 声、それは怪物の肉体から発せられるものに違いなかった。


「…………?」


 声のする方角、風の音にまぎれて聞こえてきた、音の正体をルーフは視界のなかで探ろうとした。

 先ほどのは果たして風圧の中に紛れ込んだ、ただの耳鳴り、聞き間違いにすぎなかったのだろうか?

 ルーフは最初の瞬間、そう思い込もうとした。

 それはただの期待にすぎなかった。


 そして当たり前のように、魔法使いの少年の期待は見事なまでに外れることになった。


「あそこです、奥さん!」


 叫んでいるのはハリの喉だった。

 彼の声に反応して、ミナモは運転席にて腕を動かしている。


「どこなん? ハリ君」


 ミナモからの問いかけに、ハリは頭部に生えている黒猫のような耳をピクリ、と動かしている。


「前方から少し東の方角、たくさんの気配があります」


 黒猫のような魔法使いに指示を出された。

 彼の言う通りにミナモはハンドルを操作している。

 といってもバイクの車輪はすでに回転を止めている。

 エンジン内部に組み込まれた魔術式は推進を一時停止させて、その場での停止飛行を保っていた。


 推進させずに、ミナモはハンドルだけを動かす。

 前方に備え付けられている警戒用ライトがかたむく。

 光の方向が変えられる。

 ライトに白く照らされた先、そこにはアトリエ内の暗闇が映し出されていた。


 相変わらず果ての見えない、異世界との空間が混ぜ込まれた暗闇。 

 いずこかにある天井から吊り下げられている宝石入りガラス瓶たちの群れ、それ以外には何も無い。


 ……と、思われたが、それはルーフの早とちりにすぎなかった。


「ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ ああああ!」


 何も無い所、何ものもあってはならないはずの場所。

 虚空の中。

 そこに怪物の姿は現れていた。


 何匹もの細長い、シラスのような群れが警戒用ライトの光に反応して蠢いている。

 怪物の群れは不定形を成しているにすぎないと、そう思われた。


 だがルーフはすぐに、自分の考えが間違っている事に気付かされていた。


「    ああああ   あ   ああああ  あ   ああああ  あ   ああああ  あ!」


 怪物が、それぞれに明確な意志をもって移動をする。

 

 しゅるしゅる、しゅるしゅる、

 しゅるしゅる、しゅるしゅる、

 と。

 

 ちょうど人間ひとり分の大きさがある上半身、……のような形状を構成させていた。


 形状、背格好からして成人男性約一名分。

 中肉中背のその姿には、何故だろう、頭部と思わしき部分が用意されていなかった。

 辛うじて首にあたる部分は確認できても、その上に備え付けられるべき器官、頭蓋骨、歯並びのための顎が存在していない。

 首から上は無、でしかなかった。


 そんな、ほとんど首なしのような形状のままで、怪物の群れはミナモの運転する魔法のバイクに向かって突進してこようとしていた。


 ちょうどバイクの推進がルーフから見た前方だとして、怪物の推進力はその真向かいから訪れようとしている。

 鏡向かいの関係性、大きく異なっているのはそれぞれに全く異なる像を有していること

 まるで高速道路を逆走する暴走車に運悪く遭遇してしまったかのように、怪物と人間たち(内二名は呪いを受けた魔法使い)へと激突せんとしていた。


「きゃあ?!」


 ミナモが短くともしっかりとした印象を持つ高い悲鳴を発している。

 と、同時に彼女は空飛ぶ魔法のバイクのハンドルを大きく左に傾けていた。


 魔術式によって浮遊能力を与えられた期待が、今はほぼ人力の力によって少し、ほんの少しだけ動かされていた。

 停まっている自転車であっても、上に載って大きく体を傾ければ、その平衡を失うように、魔法のバイクも保っていたはずの状態を崩している。


 運転席のミナモ、そして後部座席に座るルーフ。

 その二人から見て左側にバイクが大きく傾く。

 同時、同時期において、彼らの右側を大いなる力が掠めていた。


 ごうう、ごうう。

 風が唸るような音。

 音を発しているのは怪物の群れ、……と言うよりかは、怪物の群れによって形作られた一本の剛腕によるものであった。


 頼りない視界、ガラス瓶に詰め込まれた魔力鉱物たちが放つ薄紫色のかすかな光。

 それらを頼りに確かめた。

 だがルーフは自らの眼球に疑いの挙手をせずにはいられないでいた。


 それはもう、怪物の群れというよりかは、一本の太い、立派な人間の腕のようにしか見えなかったのである。


 相手が、小さな人喰い怪物が人間の形を模していることはすでに把握済みだ。

 ルーフはそこからさらに、怪物が形成している模擬の完成度に圧倒されそうになっていた。


 本当に、本当に?

 これが、恐るべき、忌むべき人喰い怪物によって作りだされた偽物だというのだろうか。


 思わず手に触れて確かめたくなる。

 …………。


「…………」


 ……と、そう思った時にはすでに、ルーフは己に害意を示しているはずの、偽物の腕に指を伸ばしていた。

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