そしたら全部魚になるんかな!
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「何しやがるッ?!」
ルーフにしてみれば、何の前触れもなく、いきなり頭をはたかれたようにしか思えなかった。
「ナニもウニも、マニマニもございませんよ、ルーフ君」
いきり立たんとしている魔法使いの少年に、ハリは呆れたような視線だけを差し向けていた。
「さっきから何度も話しかけているっていうのに、ちっとも返事をしてくれないんですから」
体を無重力状態にしながら、ハリはルーフの左肩に寄りかかるようにしている。
「あ! もしかして、ボク、君のお名前を間違えてしまったのでしょうか? だとしたら、ごめんなさい」
「い、いや……そんなことは無ェけども……」
「あ、そうなんですか」
自らに失態がないこと、ただそれだけを確認したハリは、早速と言わんばかりに話題を元の望む方向性に修正している。
「それはそれとして、どうやらこの辺りに目的の方がいらっしゃるかもしれませんよ」
「目的……」
一瞬だけ何の事を言っているのか理解できなかった。
ルーフがほんの少しだけ考えている間に、ハリは左手を少年の方にスッとかざしている。
人差し指をピン、と伸ばす。
すると指先に光が集まり、水晶のようなタブレットが発現させられていた。
それはアトリエを管理している使役種が用意した道しるべであった。
「ああ、怪物のことか」
使役種、つまりはこの世界に人間に付き従っている怪物の一種が協力して、自身の領域内に侵入してきた敵を排除しようとしている。
今ルーフの目の前に提示されているタブレットも、使役種にとっての防衛機能の一つとして考えられた。
「えー……っと?」
タブレットが明記しているのは、何かしらの図面のようなもの……と、言うよりかは、他でもないアトリエ内の地図であるらしかった。
ただ、その事だけが確信を持てる。
すなわち逆の事を言ってしまえば、それ以外の情報がルーフにはまるで理解できそうになかった。
「んんー……???」
直線と点がいくつも並んでいる。
それは室内の案内図というよりかは、まるで地下鉄の路線図のように、それぞれが複雑に絡み合っている。
ルーフが眉間にしわを寄せながら、ただひたすらにタブレットの表面とにらめっこをしている。
「ほら、ここが点滅しているじゃないですか」
目を凝らしている、集中をしている、魔法使いの少年に、黒猫の魔法使いが地図の読み方を教えようとした。
だが、魔法使いたちが互いに事実を確認する機会は、この場面には訪れてくれそうになかった。
ひゅうん。
風を切る音と共に、黒い影のようなものが一閃、ルーフとハリの間に走っていた。
「……!?」
影の形を見た。
身構えているのはルーフだけに限定されているものではなかった。
「来た!!」
バイクの運転席に座る、ミナモが後方にいる彼らに向けて叫んでいる。
彼女の叫び声と同時か、あるいはそれよりも速く、速くに大量の存在が彼らに襲い掛かってきていた。
風が強く吹いてきている。
自然の風とは、とてもじゃないが思えそうになかった。
ざあざあ、ざあざあ。
ざあざあ、ざあざあ。
トタン屋根を打つ豪雨のような、そんな音がルーフの耳元に聞こえてくる。
風圧のように思われた、
風の正体が、微細なる怪物たちの柔らかな肉体によってもたらされていることに気付かされていた。
風が、一旦は止む。
「なんやったんや?」
バイクのハンドルから手を離さないままで、ミナモがハリに向けて事実の確認を行っている。
「怪物さんの、小さな群れでしたね」
彼女に問いかけられた、ハリが平坦な声色で受け答えをしている。
「おそらく、まだ別に大きな群れがこちらに向かってきています」
ハリはそう予想している。
左手に携えていたタブレットは、すでにその存在を希薄なものにしている。
風の気配に視界を濁らせていた、ルーフは瞬きの中にタブレットの光、明滅を見ている。
「……!?」
光のなかで、ルーフはタブレットに群がる幾つかの筋を見ていた
髪の毛のように絡み合っている、筋半透明で、それぞれに意識を持っているように蠢いている。
どうやら頭部と口にあたる器官があるらしい、それぞれの先端がタブレットの表面を舐め、タブレットを携えているハリの手の甲の皮を食もうとしている。
「うわ……」
蠢く細長い生き物たちに、ルーフは蛆虫が大量に這い回る光景を想起させて、生理的な嫌悪感を呼び覚まされていた。
やがて一秒を跨ぐと同時に、タブレットはぬるま湯に浸けた氷のように空間の中へ溶けていった。
「防衛本能、ですか」
ハリが呟いている。
タブレットと共に筋たち、細長い怪物たちも消えるものかと、ルーフはそう期待していた。
だが魔法使いの少年の期待は叶えられることは無かった。
「痛たたた」
「うわ……手の甲食われてっぞ」
まるでヒルのようにまとわりついている。
ハリは左の手の甲に食いつく怪物たちを、右の指で雑に払っていた。
「あーあ、せっかく「花子さん」が位置情報を教えていたのに、向こうが先走って突進してくるものだから、彼女、怯えて隠れちゃったじゃないですか」




