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料理は多めに用意しておこう

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ご感想、ブックマーク、ポイント評価、心より感謝いたします!

 ミナモは魔法のバイクを操作しながら、アトリエ内に潜んでいるであろう、人喰い怪物の姿を探していた。


「ハリくーん? そっちは見つかったー?」


 両手でバイクのハンドルを握りしめたままで、ミナモは声だけを魔法使いに向けて張り上げている。


「いませんねえ、全然いませんよ」


 アトリエ内の上空。

 異世界と組み合わせることによって、さながら総合体育館並みの広さを保ち続けている。

 空間において、ハリはミナモに返事をよこしていた。


 黒猫のような聴覚器官をもつ、魔法使いの男は自発的に無重力状態へと身を預けている。

 ふわふわと空間に漂いながら、魔法使いの黒猫はアトリエ内を管理、おおむね支配している使役種に語りかけている。


「ねえ「花子さん」さん、本当にこのあたりで怪物の反応が出ていたんですか?」


 過剰なる「さん」付けの重複に、ルーフは独りで静かに戸惑っている。

 魔法使いの少年のまごつきなど露知らず、名称を呼ばれた使役種は彼に向けて返答をしている。


「んーとね、んーとね、手前(てまえ)は嘘なんかついていないよー♪」


 複数の高い声の人間のそれを寄りあわせたような音声が、アトリエ内のどこかしこから、ハリに向けて語りかけてきていた。


 決して耳に心地よいとは言えそうに無い。

 音声を聞きながら、ルーフはミナモの操縦する魔法のバイクの後部座席にて、周囲の環境を改めて子細に観察しようとする。


 魔法に頼りながらかなり上昇をしたはずだというのに、アトリエの天井はまだまだ果てが確認できそうになかった。

 暗がりはどこまでも、果てしなく続いているように見える。


 どうやら異世界と繋がり合っているらしい。

 確かハリは、自分と同じ魔法使いである、黒猫のような耳を持つ彼はそのようなことをいっていた、はず。


 だが、口でこそ軽々しく説明されたとして、ルーフはまだその内容に実感、現実感とでも言うべきなのだろうか? 納得を見出せないままでいる。

 どこまでも続く暗闇。

 最果てが見通せないから、何も分からないから、不安ばかりがつのるのだろうか。


 せめて、光などで照らせば、もう少し正体が分かれば、恐怖も紛らわせることが出来るのか。

 例えば、つい先ほどハリが使用した閃光魔法でも使ってみればよいのかもしれない。


 ちょうど手元には魔法の武器が、銃によく似たそれが握りしめられている。

 

 ここいらで一発、魔法の弾でも発射すれば、ちょうどよくアトリエの、本当の果ての形を確かめることが出来るであろう。

 

 それは決して不可能ではないはずであった。

 しかし可能性が実体を持つほどに、ルーフは思考を行動に移す気力を何処(いずこ)に吸い取られていくような気がしていた。


 分からない方が良い。

 その方が良いと、ルーフの心の一部が確かな主張を行っている。


 聞くところによれば、この暗がりは異世界と通じ合っているらしい。

 タレだとか、ツユだとか、黒猫のような魔法使いが表現した内容に間違いがなければ、彼が嘘をついていなければ、自分は今異なる世界と触れ合っている事になる。


 これが異世界、冷たさは雨の日の夜のように湿った匂いがしていた。

 

 いちおうながら、ルーフは両手に武器を構えたままで、異世界の暗がりをジッと見上げている。


 暗がりのなかで微かに明滅しているのは、ガラス瓶に詰め込まれた宝石たちの放つ光だった。

 幾つものガラス瓶が、暗がりの中、視認することの出来ない天井から吊り下げられている

 宝石入りのガラス瓶を吊り下げ、重さを支えているのは幾本もの鎖であった。


 鎖にぶら下げられている、宝石入りのガラス瓶は処刑場に吊り下げられた罪人の死体のようであった。


 ルーフは魔法の武器を握りしめる指を小さく開放する。

 そして、そろりと右側の片手で天井から伸びる鎖に触れてみた。

 

 ささいな好奇心から由来する行動であった。

 せいぜいバイクの後部座席から落ちないようにしなくては。


 冷たい。


「……!」


 雨水に濡れているのかと、ルーフは一瞬そう思い込みかけた。

 指を離しそうになるのを、すんでのところで思い留まらせている。

 離れかけた指が、鎖の冷たさと触れ合っている。


 決して水に濡れている訳では無さそうであった。

 暗がりゆえに確かな実感は持てそうにないものの、触れ合う時間が長くなるほどに、ルーフは鎖の質感を感覚神経の中に認め合っている。


 温度の欠落は、生命そのものを拒絶しているかのようだった。

 欠落はルーフに、いつの日か、祖父の死体と一晩過ごした時の事を思い出させた。


 殺したばかりの祖父の体は時間が経過するごとにあたたかさを失い、冷たさと肉の重さだけが夜の行きのように降り積もっていく。


「……ルーフ君」


 一晩中、何も出来なかった。

 眠ることは当然として、気絶することもできなかった。

 ……ただ、妹だけがあたたかく、ふーかふーかとした羽毛を寄り添わせてくれていた。


「ルーフ君!」


 ぺしんっ!

 頭をはたかれた。


「痛った?!」


 唐突のように思われた刺激に、ルーフは不快感を覚えるよりも先に、ただただ衝撃に打ちのめされていた。

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