お前はそれを知っている、私はそれを知っている
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「なあ、ハリ」
「ん? なんですかルーフ君」
ルーフに話しかけられた、ハリは体をほぼ無重力状態にしながら、やんわりと上昇をしている。
左右の足と、右の手の平を緑色に透かしながら、彼は空を飛んでいる。
「それって、やっぱり重力の方向を変えているってことになるのか?」
魔法の正体について、ルーフが検索をしようとしている。
問いかけられた、ハリは空を飛びながら少しだけ考える素振りを見せている。
「そうですね。基本は浮遊力を与えるというよりかは、落ちていく方角を変えているってことになりますね」
アトリエの上を飛びながら、ハリは自分の魔法について、簡単に説明しようとしている。
「そちらのバイクのように、自発的に継続してエネルギーを燃焼するよりかは、元々ある力の流れを借りて、ちょっとばかし方向性を変える方が、ボクには楽で助かるんですよね」
そこまで語ったところで、ハリはルーフの方に興味深そうな視線を向けていた。
「それにしても、ちょっと見ただけでボクの魔法の形質を見抜くなんて。流石ですねルーフ君」
見た感じでは純粋そうに賞賛を送っているように見える。
「いや……」
しかしながら、ルーフはそれに否定のようなものを向けずにはいられないでいた。
「……前に、前にな、あんたと同じような魔法を使うヤツの世話になったことがあったからな」
「へえ、重力を使うだなんて、なかなか渋い趣味を持ったお友だちですね」
ハリが驚いて見せている。
「ボクたち眠子は、元々より重力に頼った魔法を得意としていますからね」
ハリは黒猫のような聴覚器官をピクリ、と動かしながら、自らが属している種族の名前についてを語っている。
だが魔法使いの黒猫の言うことを、ルーフはすでに聞き流しつつあった。
不意に思い出してしまった事柄。
かつて自分が遭遇した事件、「集団」の暴力にさらされた時間。
魔法使いの少女、嫌いな少女のことを思い返している。
彼女の眼鏡の奥に広がる、新緑のように鮮やかな緑色をした虹彩。
光を受け止めて、縦長に伸縮する瞳孔。
黒髪のなかで、一筋だけ光る銀色の毛髪。
忌々しい時間。
だが同時に、ルーフを魔法使いの道に勧めるきっかけとなった、ターニングポイント。
ルーフが記憶を再検索しかけた。
その所で、しかして魔法使いの少年は一つの気掛かりを思い出していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「んえ? どうしたん、ルーフ君」
背中越しに呼び止められた、ミナモはハンドルを握りしめたままで、首だけを少し後ろに傾けている。
「このままだと、天井にぶつかるんじゃないのか?」
今更ながらに気にかけていることであると、ルーフは自らにそう叱責を投げつけずにはいられないでいる。
何といってもここはアトリエ内、屋外とは大きく異なっているのである。
暗がりのなかで距離感がつかめない分、ルーフは今すぐにでもアトリエの天井が、空間の限界と頭頂部が衝突という挨拶を交わすのではないか、気掛かりで仕方がなかった。
「大丈夫ですよ、ルーフ君」
だが魔法使いの少年の抱いた不安を、同じく魔法使いであるハリが簡単に否定していた。
「ほら、ちゃんと上を見てみてください」
そう言いながら、ハリは左腕をつい、と上にかざしている。
すぅー。
ハリは息を吸い込み、吐き出している。
それが例えば呆れなどの溜め息によるものでは無いこと。
そのことにルーフがすぐ気付くことが出来たのは、ハリの左腕が大きく光を放ち始めているのを視界に認めていたからであった。
魔力を集めることで、自発的に発光をするような作用をもたらす。
魔法の一種、その中でも割かし単純なものに分類される方法の一つであった。
「……!」
光に目を細めながら、ハリは瞬く左手が指し示す方向に視線を移している。
光源に照らされている、そこにはアトリエ内の空間とされる景色を確認することが出来た。
「……うわ!」
見た先で、ルーフはそこに広がっている異様さに気付かされている。
天井は、少なくともハリが放った閃光魔法の届く範囲には見つけ出すことが出来なかった。
果てが見えない。
どこまでも、どこまでも広がる空間。
「いわゆる結界の一つですよ」
バイクと共に上昇をしている、ハリが左指の光を弱めながら、空間の正体についてをルーフに語っていた。
「限定された空間内を異空間と重ね合せることによって、ある程度の管理が行き届いた場所を構築することが出来るんです」
「……えーっと?」
「あー、要するにですね」
合点がいかない様子のルーフに、ハリはかなりざっくばらんとした要素だけを伝えている。
「現実の空間から、異世界の空間を少し借りて拡大しているんですよ。継ぎ足しです、継ぎ足し」
ハリは左指を元の位置に戻しながら、その体ふわり、ふわりとバイクの方に近寄せている。
「ほら、老舗のお店とかで継ぎ足しのタレとかツユとかあるじゃないですか、アレみたいなものですよ」
「……なんか、美味そうな例えだな」
そう言えば空腹感があると、ルーフは自身の腹の中にある消化器官の様子に気付かされていた。




