思っていた事柄から離れていく猫
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見られていることに気付いていた。
ルーフは視線の正体を探すために、かざした右腕から一旦力を、意識の方向性を抜いている。
首や体は動かさない、その必要性はないと判断していた。
眼窩の中、左右それぞれに機能している眼球を動かす。
きょろきょろ、きょろきょろ。
目が動く。
それだけの動作で、ルーフは視線の中に違和感、肌に這いよる視線の正体を見つけ出していた。
「見られている……」
ルーフが呟く。
「ええ、見られていますね」
魔法使いの少年が呟いている事柄に、同意を示しているのはハリの声であった。
ハリは頭に生えている黒猫のような耳をピクリ、と動かしながら、魔法少年の様子をジッと眺めている。
「生命としての繋がりを断たれてなお、個別に区別されてもなお、宝石たちはそこに残された意識だけでボクたちに好奇心を向け続けているんですね」
魔法使いである、黒猫のような男は暗がりのなかで瞳を好奇心にきらめかせている。
眼鏡の奥、楕円形のレンズの内側。
翡翠のように深い緑色をした虹彩が、キラキラと愉快そうにきらめいていた。
「…………」
魔法使いの黒猫が表現している、言葉の内容について、ルーフは思考を働かせようとした。
言葉の意味を考える。
「まあまあ、あれだよねー、宝石っていうのはそれだけで、怪物の意識の欠片みたいなものだからー」
しかしてルーフが答えを導き出すよりも先に、魔法使いの黒猫の言葉に補足を加えていたのはマヤの声であった。
「だから、他の怪物にとっては、これ以上無いほどのデリシャスな、ゼータクなごちそうになるんだよねー」
宝石店の店員である彼は、作業机から体を起こそうとしている。
だが立ち上がりかけた体を、彼はふと思い出すようにその場に留まらせていた。
右目にはモノクルを装着させたままで、マヤは再び腰を作業机の上に落ち着かせている。
ストン、と座っているマヤの方に視線をチラリと向けながら、ルーフは再び視線をハリの方に戻している。
「じゃあ、俺の義足をもっときちんとした形に直すためには、サッサとこのアトリエに侵入してきた怪物を殺さなくちゃならねえってことか……」
ルーフが行動について考えている。
「うふふふ、せいかーい♪」
それに返事をしていたのは、人間の声ではなかった。
「えーっと? 「花子」……ちゃん?」
聞こえてきた使役種、人間の手に付き従っている怪物の一種の声に、ルーフは曖昧ながらも返答を試みようとしている。
「花子さん、ちゃん付けはご自由にー♪」
人間の幼子と女の声をいくつか集めて、寄り合せたかのような音声が、アトリエ内の何処かともつかぬ場所から響き渡ってくる。
「敵性生物、つまりは怪物の居どころは、手前がしっかりとナビゲーションしてみせますよー♪」
そう言った後に、ルーフは自分の目の前に光が集約されるのを見ていた。
「……!」
驚いて、身構えようとする。
だがすぐに、ルーフはそれが決して害意によるものではない事に気付いていた。
あらわれたそれは水晶でかたどられた薄いタブレットのようなもので、そこにはなにやら、図面の様なものが刻み込まれている。
「目的地までの地図、を組み込んだ簡易的な魔力の結晶ですか」
アトリエに使役されている怪物が提案してきた、内容にハリが興味ぶかそうな視線を向けていた。
「気前が良いですね、「花子さん」さん!」
もはやそれは「さん」付けをする意味があるのだろうか?
そこそこに違和感のある呼び名を使っている、ハリのことをマヤがモノクル越しに見やっている。
「新人の魔法使い自体がウチの宝石店にとって久しぶりだからねー。ここで思いっきりヤワヤワに優しくして、アマアマに甘くして、新規顧客をゲット!!
っていう算段だよ」
「それ、自分から言っちゃったら意味ないじゃないー」
マヤの言葉にエリーゼがゆったりとしたツッコミを入れている。
妖精族の若い男女のやり取りを聞きながら、それを横目に、ハリが次の行動について思惟をめぐらせていた。
「さて、と。ありがたい補助も受けられるとして、後はルーフ君の「魔法のほうき」が必要になりますね」
「ま、「魔法のほうき」?」
またしても唐突に登場した、空想世界的な単語にルーフが戸惑っている。
「ああ、それなら問題あらへんよ」
魔法使いの少年の戸惑いを置いてけぼりにしたままで、口どりなめらかなやり取りを交わしているのはミナモの声であった。
「とりあえず、ウチがほうきを使って上までルーフ君の体を運んでいくから、そのあとはお好きなように、暴れまくっちゃえばええんよ」
いたってリラックスをしているような声音。
だが述べている内容は、そこそこにバイオレンスな展開を予期させるものであった。
「ミナモさんの運転ですか、なんだか久しぶりですね」
ミナモの提案を聞いた、ハリは謎にウキウキとした様子で口元に笑みを浮かべていた。
「学生時代を思い出しますよ、さすがにあの頃のような元気はつらつさはかもし出せられませんけども」
過去のことを思い出そうとしている。
ルーフは、魔法使いの黒猫の様子に珍しさを覚えていた。




