少しわずかにちょっぴりと、休憩を挟みます
作り出すのは、
キンシが力いっぱい、目いっぱいに体の筋を伸ばす。
「んんーっ………、地面の上を走るのはやっぱり疲れますね」
言葉や呼吸にそれらしき乱れをまったく露わにしていない魔法使いに、ルーフはじっとりとした疑いをこっそり向ける。
「お兄さま………」
魔法使いの異様とも取れる体力に気を取られていたせいか、少年は一瞬メイが腕の中で自分に呼びかけたのに気づくことができなかった
「お兄さま」
「へっ?」
二回目の、最初よりはいくらか声のボリュームが増えた呼びかけで、彼はようやく妹が不満げに自分の顔を見上げていることに気付く。
「あ、えーっと、どうした? メイ」
「どうした? ではありませんよお兄さま」
妹はあきれたように唇を尖らせ、兄に対して要求を述べる。
「もういい加減腕が限界でしょう? ここからは自分の足で歩くので、降ろしてくださいませんか」
メイはそう言いながら体をもぞもぞとさせ、兄の腕の中から脱しようとする素振りを匂わせる。
「でも………」
しかしルーフはまだ妹の体を離す気にはなれなかった。
「大丈夫なのか? まだ顔色が悪いぞ」
顔色、全身を柔らかい体毛やら羽毛などで被っている彼女に顔色なんてものがあるのか。
彼女自身も常日頃からその辺について疑問に思いつつも、彼は至って真面目に主張を通そうとしてきた。
「無理すんな、俺は大丈夫だから」
しかし妹は兄からの推奨を今回ばかりははねのけることにした。
「無理をしているのは貴方のほうです。………よいせっ」
「あ! ちょっ───」
彼からの反抗をそれとなく器用に柔らなく受け流し、メイは地面の上に降り立った。
あまり手入れの行き届いていない、工事跡で所々で色合いの異なっている、ひび割れだらけの古ぼけたアスファルトと彼女の足が震えて、取るに足らない振動の残響だけが後に残された。
「まったく、」
妹の気丈さにルーフがため息じみたセリフを考えようとしたら、
「やれやれですね、可愛い子さんはいつの日も元気がいっぱいに足りてますね」
いつの間にか自分たちのやり取りをじっと眺めていた魔法使いに、自身の言いたいことのおおよそを先取りされてしまい、何とも言えず苛立ちとともに沈黙するしかできなかった。
キンシはそんな彼のふくれっ面をまともに直視することもなく、淡々と一方的に妹のような必死さはそれほど感じられない要求を彼に伝えてきた。
「仮面君、御手が空いたばかりで申し訳ないのですが」
「あ? なんだよ」
「また魔術道具の使い方をレクチャーしては、くれないでしょうか?」
ルーフは首をかしげる。
「あれ、道案内はもういらないんじゃねーのかよ?」
「ええ、それはその通りです。ですが………」
キンシはまた、ついさっきまでも彼に見せた気まずさの中で自身の指を揉み組み合わせる。
「もう一つ、あれを魔術道具の機能を使って収納したいのです」
そう言って自分たちのすぐ近く、地面に転がっている物体を指差した。
「あー………、あれ……」
何かと疑問に思う必要もなく、キンシの指の先にあるのは怪物の死体の一部でった。
「あんなん……、あんなの持って帰ってどうすんだよ?」
単純で純粋、何の皮肉も嫌味も一切ない純然たる疑問が、ルーフの口からこぼれだした。
「まあまあ、まあ」
彼からのもっともな質問に、魔法使いはヘラヘラとあからさまに下手くそな言い訳だけをぬかす。
「その辺の事情については、魔法使いの大事な大事な事業機密って感じなのでして」
「あっそう……」
正直なところこんな街に暮らしている魔法使いが、こんな場所に生息している異形な怪物の死肉を同行するかなんて、あんまり知りたいと思っておらず考えたくもなかったルーフはとりあえず禁止の要求に従うことにし、
「えー……っと」
魔法使いが自分やるべき作業をド忘れしてしまいこんでしまった文庫本、の形をとっている魔法道具をトゥーイのポーチから引きずり出した。
「………………」
恐る恐る、おっかなびっくり、おどおど、びくびくと、自身の体から自分の持ち物である文庫本を抜き取っていく少年。
その赤みと癖の強い毛髪がびっしりと覆っている少年の頭部を、青年は何を言うでもなくじっと見下ろしていた。
偶像でした。




