手作り違和感がたっぷり
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宝石店の店員である、マヤの手の平でルーフの義足、そこに籠められた魔術式が変容をしていた。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
……実際にそのような音が聞こえたかどうかは、あまり定かなところではない。
ただ、何か食物を口のなかに含んで咀嚼をするような、くぐもった音がルーフの鼓膜を震動させていた、ような気がした。
「な、何だ……?!」
ルーフは思わず疑問を口にしている。
だが魔法使いの少年の問いかけに答える声は、この場面には存在していなかった。
わざわざ答えるまでもなく、言葉を交わすよりも先に、ルーフの義足はその形質を大きく変化させていた。
なめらかなビスクドールのような、白くツヤツヤとしていた表面がボロボロと剥かれていく。
現状の持ち主であるはずの、ルーフですらも見たことも無いような内側が露わになっていく。
白い素肌の下側には、真っ赤な血と黄色く濁る浸出液のベタベタとしたべたつきが……。
……あると思ったが、そんなことは無かった。
内側にあったのは、ただひたすらに無機質な色合いの金属、のような質感を持った塊たちであった。
「うわあ……剥き出し……」
いっそのこと、脂肪の粒の一つでもこぼれてくれた方が良かったのかもしれない。
その方がまだ、この義足の元の持ち主である少女の正体に近づけるような、期待を抱かせてくれたのかもしれない。
しかしながら、魔法少年の期待は見事に外れることになっていた。
「義足の中身が、こんな事になっていたなんてな……」
もはや白く滑らかな表面はおおむね全て剥かれ、内側の金属質がバラバラと露わになってしまっている。
中途半端に残った白色の部分が、中身の金属質をより一層おぞましいものに演出させていた。
「これはあくまでも、キミの持つイメージの一つでしかないんだよー」
ルーフが誤魔化しきれない嫌悪感を表している。
魔法少年の表情を見た、マヤがモノクル越しの目を愉快そうに細めているのが見えた。
「カハヅ・ルーフ君、キミの持つイメージ。魔力回路っていうのは、個人の思考、精神状態で大きく性質が異なってくるものだからね」
簡単な説明をした後に、マヤは興味深そうに右の指を剥かれた義足に触れ合せている。
「とはいえ、それにしても、今のキミの精神状態はなかなかに、そこそこにヤバめの様子を見せているようだね」
開腹したまま野ざらしにされっぱなしの魚の腐敗のような、そんな状態になっている義足を見やる。
マヤの指が義足の内側に触れている。
「う……」
皮膚の感触が伝達されるという訳ではない。
感覚神経が張り巡らされている訳ではないのだから、触られたという感覚がそこに存在してはいないはずだった。
にもかかわらず、ルーフはまるで直に生の皮膚に触れられたかのような、不快感を覚えていた。
「ちょっと封印を解いただけで、こんなにも中身をムキダシにしてくれるなんて、キミって意外と節操がないんだねー」
「止めてくれよ、何かその言い方キモいんだが……」
ルーフが拒絶感を表している。
だがそれに構うことなく、マヤは義足に指を触れ合せ続けていた。
「はいはい、文句は後で受け付けますのでー。
今は、ここに侵入してきた外の怪物に対処できる分の、形だけを整えればいいんだよねー」
マヤは義足に手をかざし、そしてそのまま息を大きく吸い込んでいる。
すぅすぅ、すぅすぅ。
寝息のように穏やかな、音色のようなものがルーフにの鼓膜に届いてきていた。
まさか、眠ってしまったというのか?
さすがにあり得ないと分かっていながらも、ルーフは突拍子の無い空想を抱かずにはいられないでいた。
「さーてさてさて、とりあえず急ごしらえで整えたよー」
吐息が止んだ後に、ルーフは自分の肉体にのしかかっていた重さが軽減されているのに気付かされていた。
「あ、あれ……?」
暗がりの中に上手いこと誤魔化されてしまったような気がする。
これが妖精族の御業なのだろうか。
あれよあれよと言っている合間に、ルーフの義足はその形質を大きく変化させていた。
元の持ち主……。
「モア」という名前の、古城の主である少女が所有していた時。
その時に保有していた球体関節人形のような、繊細な質感はすでにほとんど失われてしまっている。
後に残されているのは、剥き出しにされた金属の結合ばかりであった。
無骨、と表現すればそれまでのこと。
内蔵されていたグレーの人工筋肉を取り囲む、暗色の人造骨格はそれぞれが無駄のない結束で重なり合っている。
関節部分に組み込まれた歯車が、ルーフの意思、微かに揺れる動作に合わせてカタカタ、カタカタと小さな回転を繰り返している。
「うーん、先端のデザインがまだ固まりきっていないなー」
マヤが、何やらそのような事をブツブツと呟いている。
宝石店の店員である彼がそう表現しているとおり、義足の先端、ルーフの右爪先にはまだ球体関節人形の繊細さが取り残されていた。
グレーとブラックに支配された義足のデザインのなかで、爪先の白い滑らかさが、まるで中年の男性の足に少女の柔らかい爪先を雑にくっつけてしまったかのような、そんなアンバランスさがあった。




