変化はいつも突然に
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先の展開に期待をしているわけではなかった。
どちらかといえば、それは恐怖のようだった。
それは恐怖に近しい重さをもって、ルーフの左胸の辺りを冷たく圧迫していた。
「それはそれとして、さっきの破壊音は何なんだよ?」
ルーフは椅子に座ったままの体勢で、ハリに向けて質問をしている。
聞き間違えでもしない限りは、今しがた、耳をつんざくような破壊音、ガラス瓶が激しく割れる音が聞こえてきたはずだった。
「ああ、あれですね」
否定をしてほしかった。
魔法使いの少年の切なる願いを、ハリはいともたやすく打ち砕いていた。
「それが、ボクにもよく分からないんですよ」
ハリは頭に生えている黒猫のような聴覚器官をペタリ、と平らにたたみながら、音の正体について現状における情報を開示している。
「ほうほう? 分からないとは、興味深いねー」
マヤが起きた事象について、情報を集めようとしている。
「「花子さん」ちゃん、先ほどの破壊音の正体、君の方で検索できそうかなー?」
使役種、人間の手に支配されている怪物の一種。
人間のそれによく似せた、音声のなかで使役種が主である人間、アトリエの持ち主である彼に報告をしている。
「んーとね、んーとね、どうやらー、敵性生物がこの場所に侵入したっぽいー」
「な、なな、なんだってー!」
マヤが、いかにもビックリ仰天といったジェスチャーを作ってみせている。
両の手のひらを広げて、顔の両脇に添えている。
「…………」
宝石店の店員である彼の動作を見ている、ルーフは早くも白けた様子を覚えずにはいられないでいた。
「あー、うん、そうだね」
魔法使いの少年の冷めに冷めきった視線を浴びながら、マヤは気を取りなおすように視線を別のところに移している。
「ハリ君、ハリくーん? キミ、もしかして外から怪物の何かしらを持ってきたんじゃないー」
宝石店の店員である彼に指摘をされた。
ハリは、暗がりのなかで動向をまん丸く広げていた。
「おや、もしかしてボクのせいになりますか?」
ハリは自分のことを指差しながら、ひとつ、はじけるような笑顔を作っている。
「あなた以外に考えられないでしょー」
少しだけぬるくなった炭酸入りジュースのような笑顔を作る、魔法使いに指摘の手を伸ばしていたのはエリーゼの声音であった。
「どうせその辺をぼんやり歩いて、いつも通りに、どこかしらから怪物どもをその身に引き寄せちゃったんじゃないー?」
エリーゼはハリに向けて手を伸ばし、彼が被っている雨合羽の裾をつんつく、とつついている。
若い女魔術師に指摘をされた、ハリはへらへらと笑うように言葉を受け流そうとしていた。
「いえいえ、そうとも限りませんよ?」
ハリは眼鏡の奥の視線をふらりふらり、と漂わせる。
アトリエ内の暗がりを少しの間だけさまよう。
向かう先は、しかしてすぐに決められようとしていた。
「この場所で呪いを受けたのは、なにもボクだけに限定されている訳ではございませんから」
眼鏡の奥、レンズの内側。
ハリの、翡翠のように深い緑色をした虹彩がルーフの姿を反射している。
「大きな獲物が二つ、ここに存在しているだけで、相手さんとしてはいかなる危険も犯して手に入れたい状況に変わりはないでしょう」
要するに、どういう事なのか。
「……俺の、俺たちの体に刻まれた「呪い」が、怪物をこの場所に引き寄せているってことか」
ルーフが口にした解答を、ハリが笑顔で受け止めている。
「その通り! ザッツライト、ですよルーフ君」
ハリは左側の手の平を、真っ直ぐルーフの方に向けてかざしている。
「おそらくこのアトリエの外側から、ボクたちの肉体に刻み込まれた「呪い」に反応して、ふらりふらりと、おびき寄せられた怪物さんの一つが、おそらくアトリエの備品をひとつ破壊してしまったんでしょうね」
手早く予想をまとめている。
次の行動が何を指し示しているのか、ルーフはわざわざ聞くまでもなく、すでに分かりきっているような、そんな気がして仕方がなかった。
「そう言う訳ですので、まずは手早くルーフ君の義足の魔術式を組み替えていただけると助かります」
ハリは、すらすらと次の展開を求めている。
「この場所に侵入してきた怪物を退治するためには、ボク一人だけの力では心許ないですからね」
「了解、了解ー」
途端、ルーフは椅子の上から引きずり落とされそうになる程の引力を体に覚えていた。
どうやらマヤが、ルーフの右義足に触れているらしい。
「とりあえず、構成をパパッと変えちゃいましょー」
マヤはモノクルの度合いを整え、両の手でがっしりとルーフの義足を掴んでいる。
「せーの、せーの、よいしょっと」
マヤの、いまいち気迫の感じられそうにない掛け声がひとつ、アトリエ内の空間に響き渡った。
瞬間に、ルーフは自分の体の四分の一が掻き乱されるような、感触に包まれていた。
「う、うわーーッ?!」
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
右の義足がその性質、形質を変化させていた。
それは、今までの感触を全て忘れさせるかのような、目まぐるしい変化であった。




