賑やかな夏に踏まれた命
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この世に産まれた、この世界に生まれ落ちた。
おぎゃあ、おぎゃあ、と産声をあげた瞬間から、曇り空の下で暮らし続けてきた。
灰笛という名の地方都市に暮らしている。
宝石店の店員であるマヤにしてみれば、ルーフの抱いた疑問点など基本中の基本。
基本が過ぎて、いまさら語ることでもないようであるらしかった。
「だけども、けれども、むつかしい事を始めようとする、その前には基本的な事を振り返ってみるのも大事だって、死んだじっちゃんが言っていたような気がするー」
「えー? おじいちゃんそんなこと言ってたっけー?」
マヤの言葉に疑問を述べているのは、エリーゼの声色であった。
「言ってた言ってたって。仮に言ってなかったとしても、この場所では言ったことにすればいいだよ」
親戚の間柄である若い女魔術師からの疑問に対して、マヤは適当そうな理屈をこねくり回している。
「それで? カハヅ・ルーフ君は何を知りたがっているんだっけー?」
「いや、だから……ッ」
ルーフが述べようとした、質問文はしかして、言葉としての形を得られなかった。
何故ならば。
ッッッっぱリリィィィィィィィンンンンンッ!!!
ガラスが割れる、激しい音がアトリエ内に鳴り響いていた。
「うわあーーー?!」
突然の音に驚いているのは宝石店の店員、マヤの叫び声であった。
「ンなッ……?!」
ルーフは身構えている。
起きた異常事態が何者かによるものなのか、理解できずとも反射的な警戒心を作りだしている。
耳を澄ます。
音の下方角に視線を移す。
アトリエ内の暗がり。
外界の光を一切受け付けない、瓶詰めの宝石たちが放つ微かな光のさなか。
ぼんやりと、人の影が一つ、存在している。
「わあ、びっくりした」
人影が、頭部に生えている正三角形の聴覚器官をピクリ、と動かしていた。
「は、ハリ?」
唐突のように現れた、彼の声を聞いたルーフが対象の名称を口にしていた。
「そうですよ、ハリさんですよ」
魔法使いの少年に名前を呼ばれた。
少年と同じく、魔法使いである彼は自分の名前を復唱していた。
「こんにちは」
ハリはぺこり、とお辞儀をひとつする。
「こ、……こんにちは」
返事をするように、ルーフも作業用椅子の上で頭を軽く下げていた。
「いやいや、いや、何をノンキにお昼の挨拶を交わしてんだい」
魔法使い同士のやり取りを見ていた、マヤが珍しくマトモらしい主張をしている。
「ナナセ・ハリさんー? どうしてあんさんがここに──」
マヤは言いかけた所で、言葉をあえて中途半端なところで区切っている。
「──あー、いや、みなまでご説明しなくても大丈夫、たぶん大丈夫」
モノクルに触れていた指をパッと離し、右の手の平をハリに向けて広げる。
「待て」のジェスチャーを作りながら、宝石店の店員である彼は魔法使いの正体を予測しようとしていた。
「どうせアレだろ? ここまで侵入してきたってことは、また武器を壊したんだろー?」
マヤはすでに声の調子を元の通りに、つまりは宝石店の店員としての態度のそれへと戻している。
「その通りですよ、よく分かりましたね」
宝石店の店員である彼の予測を軽い調子で受け入れている。
ハリは表情こそ驚いているような素振りを作っている。
しかしてその本心は確認作業をさっさと終えて欲しいという、小さな焦燥感が見え隠れしていた。
「店先にてご挨拶をしたのですが、呼んでも呼んでも、ちっともお返事がなかったものでして」
だからここまで、アトリエ内まで自発的に侵入を試みたのであると。
そう、言葉の裏側でハリは自身の事情についてを語っている。
「あれ……? でもここには防衛システムがあったはず……?」
ルーフがハリの方を、ちょうどミナモの左側にたたずんでいる彼の姿を見ながら、前提としての疑問点を呟こうとしている。
「ああ、あれですか」
だが魔法少年の言わんとしていることを、ハリは先んじて封じ込めようとしていた。
「あんなもの、ボクの小手先でちょちょいのちょい、ですよ」
「だまくらかしたんだね?」
魔法使いが誤魔化そうとしていることを、マヤは真っ向から暴き出そうとしていた。
「ウチの大事な、大事な「花子さん」ちゃんを、その魔法の巧みさでだまくらかしたんだねー!」
犯した罪に関する情報を、宝石店の店員はこの場にて集めようとしている。
「「花子さん」ちゃん! そこんところどうなのー?」
マヤは跳ねるような動作で体を後ろにぐるりと回転させている。
誰に問いかけているのだろうか?
ルーフが訝しむようにしていると、どこからともなく、アトリエ内から声が響いてきていた。
「だまされちゃったー♪ だまされちゃったー♪」
それは「花子さん」、このアトリエを防護する魔術式、仕組みから発せられている声であった。
子供のそれと思わしい。
あるいは、声の高い女の音声を三つほど寄せて、圧縮したかのような、そんな音声が何処からともなくアトリエ内に響き渡っている。
「…………」
ルーフは耳を塞ぎたくなるのを、すんでのところで堪えていた。
これ以上聞きたくない音が増えるであろう、現実が魔法使いの少年の目の前に、暗黒を伴って展開されようとしていた。




