太陽光は乙女の天敵
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「あの日以降、この鉄の国で日光をまともに見られる場所はかなり限定されちゃったのよねー」
ルーフが静かにどぎまぎしている。
そのすぐ近くで、エリーゼが遠くを見るような表情を作っている。
「カハヅ・ルーフ君が暮らしている別天地みたいな特別な事例は別として、後はほとんど曇り空ばっかりになっちゃったからねー」
「おれもおれも、ここ最近はずっと太陽なんて拝めていないなー!」
「マヤ君は、それとは関係なしに、昔っから家ン中に引きこもってばっかりじゃないー」
宝石店の店員に向けて、ツッコミのような、皮肉めいたことを言っている。
「なんだと」
エリーゼは親戚である彼のひと睨みを軽く受け流しながら、この世界にある常識についてを呟いている。
「土地全体に降りかかった呪いを浄化するために、人口の雨雲が国全体をおおいつくした。それはこの場所、灰笛でも例外じゃなかったわねー」
灰笛という名前を持つ、地方都市の上空を覆う雨雲が人工的なものであること。
魔術式によって誘導された現象であることは、ルーフであってもすでに既知の事実であった。
「いずれにせよ、この場所だとステキに日光浴をするワケにはいかないわよねー」
エリーゼが文句を言っている。
若い女魔術師が不満を抱いている。
だがそれは現状の解決を望むものというよりかは、ただ諦めているようにしか聞こえない。
嵐が破壊をもたらすこと、人間ごときに拒否することが出来ないように、エリーゼは「そのこと」をただ単に受け入れているだけであるらしかった。
「そうだよー、その環境が、むしろこのコたちには都合が良いんだよー」
マヤはルーフの義足から少し目をそらし、モノクル越しの目線をアトリエ内の棚の中、ガラス瓶の群れに滑らせている。
「日光に弱い宝石たちを守るために、雨雲はおれ達を今日もずぶ濡れにしてくれる。世の中上手いこと出来ているってわけだよ」
宝石店の店員である彼は、あくまでも店側の都合としての意見だけを口にしていた。
「特にウチの宝石はそこいらに転がっている紛いもん、不純物たっぷりの石っころとは違う。
ひとつひとつきちんと、怪物の死体から抽出した魔力物質から精製している一級品!
純度百パーセントの、混ざりもの一切無しなオールメイドイン世界! な宝石なんだから」
「へえー……」
それの何がすごいのか。
今のルーフには、まだ理解しかねる内容でしかなかった。
魔法使いの少年の無関心さを置いてけぼりにしたままで、宝石店の店員であるマヤは熱く語り続けている。
「最近巷に出回っている、不純物たっぷりの人造魔力鉱物なんて目じゃない、そんなパチモンに頼らずとも、ウチには高品質な天然魔力鉱物しか取り扱っていない。
だから、カハヅ・ルーフ君!」
マヤはどことなく無駄に張り切った様子で言葉を区切り、熱い視線をルーフの瞳がある方に差し向けている。
「キミは安心して、この義足の魔力回路の改造をおれに任せてくれればいいんだよ、それで、いいんだよー」
言い終えるついでにマヤはいかにも気軽そうな様子で、コツコツと指先でルーフの義足を軽くつついていた。
「おい……あんまし雑に扱わないでくれないか……」
「わかってる、わかってる、わーかってるって!」
魔法使いの少年が不安を抱いているのに対して、マヤはほとんど真剣に取り合おうともしなかった。
どうやら彼の頭の中には、すでに魔力回路を改造するためのエトセトラが構築されつつあるようだった。
「コホリコ家先代、先々代、もしくはそれよりももっと前! から続く安心、信頼第一の魔改造ツールにまかせれば、ちょちょいのちょいでピッタリくっきりお似合いになる魔力回路を導き出してみせるよ」
自信たっぷりな様子を見せた後に、マヤはつい、と視線を左斜めに落としている。
「たぶん、たぶんねー……」
「自信が有るのか無いのか、どっちかハッキリしてくれないか……?」
ルーフが暗い声でツッコミのようなものを入れている。
しかしながら、魔法少年の言葉はすでに宝石店の店員に届いてはいないようであった。
「とは言えしかし、しかしながら? 全てを天然ものの宝石に頼り切るには、これはちょっと無理があるような? ないような?」
マヤは独り言のような、そんな推察をしている。
「もちろん天然宝石の備蓄はたっぷりあるが、だけど、これは微調整が必要なパティーンかもしれないなー?」
マヤは右の目のあたり、装着しているモノクルをくるりくるり、と軽くいじくっている。
「人造宝石の備蓄って、あったっけ? なあエリーゼちゃんよ」
「アタシに聞かれても、そんなの知らないわよー」
妖精族の親戚同士のやり取りを聞きながら、ルーフは思いついた疑問点を呟いている。
「さっきから言っている……天然ものやら人造物だとか、それって何か、そんなに重要な要素なのか?」
「ははは、はあー? そんなの当たり前じゃんー」
ルーフの無知ぶりを笑うのか、あるいは単純に驚いているだけなのだろうか。
マヤは驚くような素振りを見せる。
そしてその後に、すぐさま合点が行き届いたような気配を、色の薄い瞳に浮上させていた。




