魚はガラスの中を泳ぐ
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ちゃぷん、ちゃぷん、と音がする。
音色はガラス瓶の内側から発せられているものだった。
ルーフは自分に魔力鉱物入りのガラス瓶を押し付けている、エリーゼという名の若い女魔術師に問いかけている。
「それで? 石を瓶詰めにしたがる理由ってのは、有るのか? 無いのか? どっちなんだよ?」
「そりゃあモチのロン、ありありの有りまくりよー」
エリーゼは魔法使いの少年の後ろ側から、その右頬にぐりぐりとガラス瓶を押し付けたままにしている。
「暮れ水に浸けておくだけで、水はより一層の魔力を、石はより一層の深みを持った魔力回路をもつようになるのよー」
「暮れ……水……?」
「ああ、まあこれは、この町に振る雨水を集めたものってことでヨロシク」
新しい単語に対して、エリーゼは簡単な説明だけを加えている。
それよりもと、彼女はルーフに実物の方を見てほしいようであった。
「練りに練って、より集めた魔力で、このアトリエはより一層濃度の高い魔力回路を獲得することが出来るのよー」
エリーゼは魔法少年に意味を伝えながら、ガラス瓶をさらに彼の右頬に押し付けている。
「ちょ……ッ、おい、止めろ!」
いよいよ痛みを感じるほどに圧力が強まった。
その頃合いにて、ルーフはエリーゼの手からガラス瓶を奪い取っている。
掴んだ指先にガラス瓶の硬さが、その透明度の内部に収められている液体と宝石の重さが伝わってきていた。
しっかりと封がなされている。
ガラス瓶の内部には、紫水晶によく似た鉱物が液体に沈められているのが確認できた。
瓶に付着していたブワワ、と埃が舞い上がる。
ルーフの鼻腔に侵入、気管支を刺激していた。
「へ、へっくしゅんッ!」
「あららー、大丈夫ー?」
くしゃみをしている、魔法少年にエリーゼが上澄みの心配のようなものを差し向けていた。
「マヤ君ー、もう少しアトリエ内を掃除したほうがイイんじゃないのー? どこもかしこも埃まみれで、鼻がムズムズしちゃうわよー?」
「うるせェなあー、さっきからベラベラ、ベラベラと。全然作業に集中できねェじゃねえかよー」
マヤがエリーゼに文句を言っている。
ルーフが首の向きを元に戻すと、そこでは作業机の上でマヤが色々な道具を用意しているのが確認できた。
作業机の引き出しに収めてあったのだろう。
マヤはそこから取り出した道具の一つ、モノクルのようなものを右眼球の辺りに装着しようとしている。
「これ、これなー、久しぶりに使うから、ちょっと具合が分からなくてなー」
モノクルを弄くるマヤ。
眼鏡のように伸びている取っ掛かりは、片耳にだけ引っ掛けられるようにしてある。
妖精族特有の三角に尖る耳に、取っ掛かりが引っ掛かる。
いじいじと指先でいじくりながら、マヤはモノクルのレンズの位置を右目の視線から直線に伸びるように整えている。
「ううーんと? こんなもんかなー?」
誰かに確かめるように、マヤはモノクルの位置を最終調整している。
少しの間に整え終えた。
そのあとに、マヤは右の指先でレンズの縁をコンコン、とつついている。
「何だそれ? モノクル……のように見えるが……?」
ルーフが問いかけている。
それにマヤは返事をしていた。
「なに、ちょっとした虫眼鏡みたいなもの、だよ」
言葉を区切る、句読点のタイミングでマヤはモノクル越しにルーフの義足を見つめる。
「うわッ?!」
瞬間、ルーフは自分の表面に走る違和感に寒気を覚える。
冷たい雨、ちょうどこのアトリエの外側に降りしきる、灰笛の都市を濡らすあめに触れるかのような、そんな感触が右足の付け根辺りに集約されている。
感覚がマヤの視線、魔術式が組み込まれたモノクルから発せられるものに由来している事を、ルーフは直感的に理解していた。
魔法使いの少年が不快感を露わにしている。
だがそれに構うことなく、マヤはモノクルの度合いをさらに拡大させていた。
「うーん、うんうん? 改めて見ると、やっぱり旧式も旧式、旧すぎて呆れかえりそうになるよー」
マヤが感慨深そうにルーフが身に着けている義足……。
灰笛という名の都市の中核を担う古城、と呼ばれる組織のトップに座する少女、モアから譲り受けた義足。
それに関しての、観察の意見を改めて言葉にしている。
「すごいのは分かったからさー」
宝石店の店員の言葉を聞いた。
それに返事を寄越しているのはエリーゼの声音であった。
「早いところ、サッサと、義足に組み込まれた魔術式の改良、終わらせてくれないかしらー? アタシ達もアタシ達で、ヒマじゃないのよねー、マヤ君と違って」
「うるせえなー、物事ってのには順序があるんだよ、エリーゼちゃん」
文句を言っている若い女魔術師に、マヤは逆にたしなめるような言葉を送っている。
「誉れ高き古城で労働力を捧げている、慌ただしい日々に慣れきった魔術師さん共には分からねえ感覚かもしれねーけどな」
「なにをおっしゃいますやら」
マヤの主張に、エリーゼは「やれやれ」というかのようなジェスチャーを作ってみせている。
その動作の続きで、エリーゼの目線はアトリエの内部を滑っている。




