使い方は難しくありませんよ
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「操作方法が分からねえなら、あー……教えてやろうか?」
ルーフはマヤに提案をしていた。
だが言葉を発したあとで、魔法使いの少年はすぐに自らの発した声に後悔を抱いている。
「教えるもなにも、キミ、これ見たの今日が初めてなんじゃないのー?」
魔法使いの少年から提案された内容を、マヤはやんわりと断るような素振りだけを見せていた。
それも当然の事で、マヤからしてみれば、何の事情も情報も知らない客人から、いきなりアトリエの機能にアドバイスをしてきているのである。
「それも、そう……──」
マヤの言葉に同意をしようとした。
だが、すんでのところで、ルーフはやはり思いとどまっていた。
「──……いや、やっぱりそこのハンドル操作をもう少し短くした方が……」
「えー?」
ルーフの言う通りに、マヤは手元の操作盤のハンドルを動かしている。
この動く椅子も、コホリコ家に伝わる機能の一つである事、その事を彼らはそれぞれに理解しているらしかった。
「流石だね」
ようやく操作の感覚を取り戻しつつある。
マヤが不意にルーフを賞賛する言葉を使っていた。
「すごいすごい、流石ルーフ君だ」
「な、なんだよ……」
褒められていることに違和感を覚えているのは、ルーフ自身がその言葉を受け取る自覚、用意を整えられていないからであった。
魔法使いの少年が戸惑っている。
それにお構いなしに、マヤはようやくアトリエの機能の基本的なところを復習し終えていた。
「よし、よーしよしよし! こんな感じだな」
ハンドルを小さく操作する。
宝石店の店員の操作に合わせて、ルーフの座る椅子がゆったりとした動作でアトリエ内の空間の中を移動した。
操作盤がある机よりも、少し上側に椅子の位置を設定する。
「ちょいちょい、ちょいと失礼」
ルーフに確認のようなものを送っている。
しかして相手の同意が帰ってくる合間を待たずに、マヤは少年の右足に手を触れていた。
ルーフの右足。
呪いの副産物、怪物に喰いちぎられた。
空白を埋め合わせるために、古城の主人である少女から贈られた……もとい、押し付けられた義足。
「ふむふむ、ふーむ? なるほど……?」
マヤは何やら思案するような素振りを作ってみせている。
宝石店の店員である、彼の指が義足に触れていた。
ハーフパンツの裾から覗く、乳白色の義足。
人間のそれに類似させられている。
爪先、指先までそれぞれ丁寧に削り出されている。
球体関節人形のような膝を撫でながら、マヤは考え事に耽っていた。
「ううーん? 何なんだろうね、この旧式すぎる魔術式は。基本的、規則的、模範的すぎて、逆に意味が分からないよ」
マヤは顔をググイ、と義足に近づけている。
鼻先が触れるか触れないか、それほどの距離感がしばらく続いた。
宝石店の店員の観察が続く。
その間、正直なところルーフは暇であった。
「…………」
今のところは危険な動作は感じられそうにない。
ルーフはいったんマヤからは視線をそらして、再び周囲の景色に視線を漂わせている。
操作盤がある作業机の周りには、相変わらず大量のガラス瓶と、その内側に収められている魔力鉱物やら怪物の死体やらが並んでいる。
「……こんなにも沢山の石やら死体やらを保管して、一体何に使うんだよ?」
魔法使いの少年に問いかけている。
「そりゃあモチロン、色んなコトに使うんだよー」
質問に答えているのはエリーゼの声であった。
ルーフは首だけを後ろに傾ける。
右側に振り返ると、そこにはエリーゼの姿が暗がりの中に確認することが出来た。
「魔力回路の修復、獣人族さんの鼓膜石の修復、カハヅ・ルーフ君みたいに呪いを受けたヒトの体のダメージを修復したり、しなかったり。
とにかく、色んなコトに使えるのよー」
エリーゼは説明をしながら、右の指で棚の中のガラス瓶に触れている。
古ぼけた木製の棚から取り出された、ガラス瓶の一本は微かに埃を被っていた。
舞い散る塵に少しだけ顔をしかめる。
「ふうー」
唇を少しだけ尖らせて、隙間から空気を吹き出している。
エリーゼの唇から発せられた空気の圧力に、瓶を覆っていた埃がブワア、と舞い上がっていた。
「買ったり売ったりして、そのやり取りの内に今まで集めてきた宝石や怪物の死体を、ここで瓶詰にして、熟成させたのを作業に使ったりするのよー」
「瓶詰めにする必要性は?」
ルーフが単純な疑問を抱いている。
そんな魔法少年の右頬に、ピトリと冷たいものがあてがわれていた。
「うわッ?!」
驚いて、ルーフは思わず椅子の上で大きく身をひるがえしている。
「何すんだッ!」驚愕しているのはルーフの声。
「おい、動くなよ!」不満げにしているのはマヤの声だった。
「動いたら、上手く観察できねェだろうが」
マヤは客人であるルーフに要求をしている。
彼は自分の観察眼が中断されることが、どうにもこうにも許せないようであった。
「ンなこと言われたって……」
宝石店の店員に文句を言われてしまった。
ルーフの右頬には、エリーゼから押し付けられたガラス瓶がまだ、冷たさを放出していた。




