薄墨と紫水晶とガラス瓶
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ご感想、ブックマーク、誤字脱字報告、とても有り難いです。
「わあ……」
ルーフは感嘆の吐息を唇からこぼしている。
コホリコ家のアトリエ、人喰い怪物に守られている、空間が目の前に広がっていた。
まずもって目を惹くのが、所狭しと置かれたガラス瓶の群れ群れであった。
木製の棚が左右に並ぶ、内側には全てガラス瓶が占められている。
透明なガラス瓶には何が内包されているのか、ルーフは右目の元にその答えをすぐさま見出していた。
「たくさんの、魔力鉱物だ……」
ガラスの器の内部には、結晶体に負けじと透き通る液体が満たされている。
そして、その更なる内側には、実に様々な魔力鉱物が収められていた。
魔力鉱物。
人喰い怪物の死体から採取される、鉱物によく似た、魔力を有した物質の一つ。
水晶や紫水晶、蛍石といったものたちに類似した物質が、それぞれの瓶に一つずつ、丁寧に収められてある。
瓶の中身たちに見惚れていると、ルーフは鉱物以外にも別の何かが含まれていることに気付く。
謎の小型の生き物。
理科室にあるホルマリン漬けのように、静止した肉体が器の内部に固定されている。
メダカであったり、金魚などによく似た造形をしていた。
アトリエの関係者に直接問いただすまでもなく、ルーフはすぐに、自発的にそれらが小型の怪物であることを想像し、理解していた。
内包する物体に合わせて、瓶の大きさは種々雑多なものが用意されてある。
一升瓶程の大きさがあるものから、風邪薬用の小瓶、あるいはそれよりも小さいものまで。
用意された器の内部には、もれなく全て、余すことなく鉱物やら怪物の肉体が保存されてある。
透明な器の内側にその存在を留められている。
内包物たちは、それでも隠しきれない魔力反応に、それぞれ異なる色合いの魔力反応、ぼんやりとした光を放っている。
一つ一つは朝焼けのように弱々しい光でしかない。
だがそれらが一つの場所、一つの空間、一つの部屋、アトリエに集められている。
それによって、光たちは集約と共にアトリエ全体に紫、藍色、微かな青を含んだ不思議な色に染め上げていた。
複雑な色、明滅する光。
ひと時も絶えることなく変化し続ける空間に、ルーフは早くも薄墨のような淡い酩酊感を覚えそうになっている。
一歩二歩、アトリエの奥に進む。
視線を彷徨わせる。
ふらりふらり。
眼球の方向は捉えようがなく、特に理由も無いままに、水蒸気のようにアトリエの上方へと移動する。
上を見る。
そこには相変わらず、おびただしい数のガラス瓶と魔力鉱物、怪物の死体が並べられている。
ただ、棚の中に並べられているものとは異なり、それらはどうやら金属製のパイプと繋がっていた。
母親の胎内に眠る胎児のように、パイプに繋がれたガラス瓶たち。
パイプの行く先はどこにあるのだろうと、ルーフは鈍い銀色を放つ管の行く先を辿る。
目的地は、すぐに見つかった。
ルーフが今立っている位置、そこから正面、真っ直ぐ進めばやがて突き当たる位置にある。
そこには、巨大なガラス瓶が固定されてあった。
アトリエ内部に置かれてあるガラス瓶のそれぞれとは比べ物にならぬほどに、その器は巨大であった。
ゆうにルーフの身長と同じくらいのサイズがあるのではないか?
齢十三か十四ほどの人間のサイズと同様のガラス瓶。
いや、あれは最早瓶というよりかは、ガラスの塊と呼ぶにふさわしかった。
円柱に形作られている巨大なガラスの器、大小それぞれのパイプが集約する一つの点。
それだけでも充分に特徴的なアイテムではある。
だが、それらに加えて一つ、欠かすことの出来ない要素がその器にはあった。
「あれ……? あれには、何も入ってないのか?」
ルーフが誰かに向けた言葉という訳でもなく、思いついたままの疑問点を声に発している。
魔法使いの少年が表現している、そのままの通りに、そのガラスの器には何も籠められていなかった。
あるのは透明な液体と、そこに揺らめく小粒の泡たちばかり。
魔力鉱物だとか、怪物の死体だとか、在るべきであろう物体は、そこには何も含まれていない。
「あの瓶は特別製でねー、保存というよりかは濃縮、集約、発現に特化したものでー」
ルーフの疑問にマヤが答えを返そうとしていた。
「??」
だが、魔法使いの少年にはどうにも、宝石店の店員である彼の語る内容が上手く理解できないでいた。
まだアトリエを見た興奮も冷めやらぬ内に、いきなり専門的な話をされても、脳神経の処理能力が追い付いてくれそうになかった。
「あー、うん、文章で説明するよりも、実際に用例を見せた方が早いな、うん」
言葉における説明を放棄した、マヤはルーフに椅子に座ることを勧めていた。
「とりあえず、ソコにおかけになったらどうだい?」
マヤに誘われるように、ルーフは近くにあった回転椅子に身を預けている。
魔法少年の体を椅子の上に置くようにしている、マヤはある程度慣れた様子で、足をアトリエのなかで移動させている。
ルーフが座る椅子から見て、やはり正面。
横長の作業机を挟んだ向こう側。
ちょうど巨大なガラス瓶の真下あたりに位置する椅子に、マヤは当然と言った様子で腰かけていた。
「さて、作業を開始しようかー」




