元気なお返事嬉しいな
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
…………。
再生される声。
死んでしまった、もうこの世界にいない祖父の声。
ルーフの、魔法使いの少年の、彼の、祖父の声はこのような事を言っていた。
「使役種ってのは、まあ……あれだ、言葉の通りの意味だよね。人間に使役されている怪物の事を指す言葉だ。
……これだけ知っておけば、後は特に何も問題ないはずだけど。だけど、どうにもそうはいかないって感じだね。やれやれ、君の好奇心はダグダの大釜のごとき底なしだね。
異世界より、この世界に発現する怪物たちには、中には人間とある程度の意思疎通をとる事を可能とする個体も存在する。
今のところ、君が生きている時代じゃあ、純粋な人間の数よりも怪物の個体の方が多いから、多ければ多いほど、可能性も広がるってハナシだな。
その中でも、「使役種」という概念、方法は比較的に歴史の古いものでね。なに、難しいことじゃない、陰陽道とかの式神みたいなものだ。外部の鬼やら妖怪、怪異などを調伏させて自分の言うことを聞かせる。
野生動物を捕まえて手懐けるっていった方が近いかな?
とにかく、怪物を人間の意のままに操る方法があるって事だけを理解しておけばいい。
……まあ、でも、君が今目の前にしたばかりの、花子ちゃんだっけ? 彼女の場合は、また別の事情があるみたいだけど。
後は、自分の力で確認してくれ」
…………。
声はそこで停止している。
止めたのがルーフ自身の意識によるものなのか、あるいはまったく異なる別の存在によるものなのか、今のルーフには判別することが出来なかった。
それよりも、ルーフは声の指し示す内容を先に確認しようとした。
「あの使役種ってのは、長い間お前らの元に仕えているヤツなのか?」
ルーフに問いかけられた。
マヤは、新人っぽい魔法使いの少年が予想していた以上に理解力が高いのに、沈黙と視線のなかだけで静かに驚愕を抱いているようだった。
「おやおや」
少年らしからぬ様子に少しだけ違和感を覚える。
だが、それに関しては深く追及をしようとはしなかった。
「ご推察の通り、「花子ちゃん」はウチの家、コホリコ家に長らく仕えてくれている使役種さんなんだよね」
マヤは暗い廊下のなかで視線を遠くに向ける。
過去の出来事に関しての計算をしようとして、その視線はエリーゼの方に移されていた。
「えーっと? どれくらい昔から仕えてもらってるんだっけ?」
「えー? アタシに聞かないでよー」
マヤに問いかけられた、エリーゼはルーフから見て少し後方の辺りで唇をツンと尖らせていた。
「マヤ君こそ、このお店の店員さんなんだから、ちゃんと記録とか記憶しておかないとー」
親戚である彼女にもっともらしい指摘をされた。
しかしながらマヤは、特に悪びれる様子もなく、現状伝えられる分だけの情報をルーフに教えていた。
「まあ、あれだよ、少なくともおれやエリーゼちゃんや、おれらの親がこの世界に生を受けるよりかは前にはすでに、「花子ちゃん」はコホリコ家に仕えてくれているはず。だよねー?!」
話を締め括ると思いきや、マヤは口元に手を添えて、誰かに叫びかけるような素振りを作っている。
「うわあ?!」
いきなり大声を出しているマヤの姿に、ルーフはビックリと肩を震わせている。
てっきりいきなり独りでに大声を発したものだと、ルーフはそう思い込みそうになる。
「はいはい、はあーい!」
だが少年の推察は、次に聞こえてきた音声によって否定されていた。
「呼んだかなー? 呼んだよねー? どうもー、花子ちゃんだよー!」
コホリコ家の一族の一人である彼の呼びかけに答えているのは、他でもないドアノブの声、「花子ちゃん」のそれであった。
暗い廊下の中に、どこからともなく響いてくる子供、おそらくは幼女のそれに近しい気配を持つ音声。
「この空間は、すでに「花子ちゃん」さんの領域内なんだよ」
「領域内」
怪物の持つ魔力の中に、空間をゆがめる効能がある事は、ルーフの記憶、知識の中にすでに含まれている。
「迷宮みたいなものか」
「おおー、流石流石、理解力が早くてとっても助かるよ」
ルーフを賞賛しながら、マヤは「花子ちゃん」に引き続き語りかけている。
「「花子ちゃん」さん、調子はどうかね?」
「魔力回路は良好、新規登録である対象者を無事に認可しておりますー」
「花子ちゃん」が明記している「新規登録」とは、おそらくドアノブに触れたルーフの事を指しているのだろう。
彼女(怪物に性別があるかは分からない)が言うところに、ルーフはひとつ疑問を抱いている。
「俺以外の、お前らはすでに登録? みたいなものをし終えているのか?」
ルーフの疑問は彼の後ろ側、少し距離を置いた辺りに歩いているミナモの方に向けられている。
「そうやね」
魔法少年に問いかけられた、ミナモは聞かれた内容に簡単な解答を用意していた。
「コホリコん家のコ達はもちろん、うちもすでに「花子ちゃん」さんの記録に魔力回路を登録してあるんよ」
ミナモがそう語っている。
彼女が語る話に、隣だって歩いていたエリーゼがさらなる情報を加えている。
「「花子ちゃん」さんの御眼鏡にかなう魔力回路は、なかなかないのよー? 認めてもらえて良かったわねー、ルーフ君ー」
ルーフがそろそろ「花子ちゃん」さん、という呼び方に違和感を覚え、それでも些末な問題として深くは追及できないでいる。
「さて、そろそろ着くな」
ルーフが曖昧な疑問の狭間に漂っている。
その様子を横目に、マヤが暗い廊下の終わりを告げていた。
「ほら、こちらへどうぞー、カハヅ・ルーフ君」
廊下の終わり。
明るさがあると思った、そこには台所によくある玉暖簾が掛けられていた。
何時だったか、祖父がこのような事を言っていたような気がする。
…………。
「あの玉暖簾って何の意味があるかって?
普通の暖簾とかカーテンと違って、全然隠せられていないから意味ないじゃないかって?
君は何にでも意味を求めるんだね。そういうの、無駄に疲れるからあまりおススメしないよ?
まあ、でも疑問には答えてあげよう。それが君に対するボクの役目だからね。
あれは……一種の風水としての役割がある。
邪気、この場合は水場、つまりは台所だね。この世界においても、水が集まる場所は特別、聖域のような役割を持っている。あちら側の世界も、こちら側の世界の生き物も、たとえ怪物や怪獣に成り果てたとしても、水は欠かすことの出来ない要素だからね。
もしかしたら? この町に雨ばっかり降っているのは、数多く生息する怪物たちの水源確保の役割も担っているのかも? まあ、これは憶測にすぎないが。
ともかく、ここからは別の空間、この先は特別な場所であることを来訪者に告げる、区別する、境界線を引く。水を扱う場所にはいるためには、それなりの緊張感と資格が必要であることを人間に、心に主張する、区切りとしての役割が、あの玉暖簾にはあるんだよ」
…………。
「ドアノブで検査した後に、さらに境界線を引くのか」
厳重さにルーフが静かな驚きを胸に抱いている。
「境界線?」
だが、どうやら宝石店の店員の方は、とりたててその境界線の意味を把握している訳ではなさそうであった。
「さーて、さてさて、いらっしゃいー」
マヤは平然とした様子で、玉暖簾を柔らかくめくり上げている。
怪物に案内をされた、アトリエにルーフは足を踏み入れる。
少しの眩しさ、いくつも明滅する微かな光の気配に眼球、……特に右目が強く反応を示していた。
「…………!」
コホリコ家のアトリエ、怪物に守られている、空間がルーフの目の前に広がる。




