たあぷぽぽ たあぷぽぽ
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違和感がある。
似合っていない。
学校の制服の下にプリーツスカートや長ズボンではなくジーンズを履いているかのような、一瞬許容できない違和感がルーフの脳裏によぎっていた。
古すぎる。
それはドアノブの事で、宝石店の店員であるマヤを含めて、妖精族の奴らが触ることを推奨している。
ルーフの体はすでにその要求を飲み込もうとしていた。
事実、右の手の平は松葉杖の支えを離れ、目当ての器具に触れるか触れないかの距離を作りだしている。
あと三十センチ、あと二十センチ、もう少し。
距離を詰めようとする、そうする程に、より一層違和感が具体的な質感を持ってルーフの脳内を圧迫している。
異国情緒あふれる、小さくとも華美さにはち切れんばかりのドアノブ。
だがその器具は、本体とも言えるドア、扉そのものにあまりにも、あまりにもそぐわない。
ルーフは指の位置を空中に固定させたまま、「まだ触れていない」という事実の上に中途半端に留まる。
やがて誰かがルーフの行動に違和感を覚え始める。
他人の思考が動き出す、それよりも早く、速くにルーフは抱いた違和感の正体をより確かなものにするための観察眼を稼働させていた。
「…………」
ドアの全体を見る。
少し距離を置いた、一歩離れただけで違和感はいとも容易く見つけ出されていた。
「随分とちぐはぐなドアだな……」
口をついて出た感想。
ルーフがそう表現しているとおり、ドアはあくまでも現代的な作り、のっぺりとした素材がピッチリとした密着を行っている。
街中でよく見かける、「スタッフ以外立ち入り禁止」の表記がなされた扉。
立ち入り禁止の言葉に少しだけ甘い感覚を抱きながら、次に散歩ほど前に進む頃には、ただの光景として無意識の中に静かに累積するだけの情報。
それと同様の光景が、さして特別性もないままに広がっている。
ここは「コホリコ宝石店」の店内、カウンターの内部で、店の中にある扉としてはことさら特異に思うような素材でもなかった。
ただ一つ……古ぼけたドアノブの存在さえなければの話だが。
「お客様ー? いかがいたしましたかー?」
中途半端なところで止まり続けている。
魔法使いの少年の様子に、そろそろマヤが気付きはじめていた。
「何も怯えることはございませんよー? どなたでもご自由に、触るだけ触ってみればよいだけのお話なんでございますから」
マヤは宝石店の店員としての口調を作ったまま、「さっさと触れよ」の意味を含めた要求をルーフに投げかけている。
これ以上迷っていても仕方がない、か。
少なくとも敵意だとか、害意だとかはすでに、カウンターの外側の雑談で散々ぶつけられたばかりだ。
同じような展開を期待してみたところで、この妖精族の奴らがそんなマンネリを好むはずもない、と思うことにする。
「……………」
やがてルーフは一つ、小さな決意をして、ドアノブに指を触れさせていた。
瞬間、何かしらのそこそこに強めの吸引力で吸われるかのような感覚がルーフの右手、手の平全体に広がっていた。
「うひッ?!」
少なくとも皮膚をいきなり噛み千切られる等々の、単純に危惧できる感覚、ではなかった、少なくとも。
かといって、まさか無機物に触れて吸引力に襲われるとは、全く予想できなかった。
許容できる範囲では、決してない。
今すぐにでも手を離すべきだと、理性的は判断がそう高らかに歌っていた。
理性のおもむくままにルーフが反射的に手を離そうとした。
「ウェイトミニット!」
だが魔法少年の腕をマヤが強く握りしめて、その動きをバッチリ止めてしまっていた。
それなりに発音の良い異国の言葉を発しながら、マヤは離れようとするルーフの腕を引きとめている。
「なにす……ッ? は、離せ……ッ!」
貧弱な見た目の、一体どこにこれほどの握力を有していたというのだろう。
魔法少年の指をドアノブの方に固定させたままで、マヤはルーフに道具の効能についてを少しだけ開示している。
「このドアノブは特別製……ってのはすでにお察しの通りでございましょうが。ですが、いかんせん型古の機能でございまして、触れた途中で指を離すともう一度最初からやり直しになってしまうのでございますよー」
いったい何が始まって、どの様な事が中断されてしまうのだというのだ。
何の説明もないままに、ルーフの手の平から吸引力が唐突に失われていた。
チュウチュウと肌を吸われる感覚が無くなった。
さて、次に何が起こったのかというと。
「たあぷぽぽ! たあぷぽぽ! ちりからちりからとってっぽ!」
「ぎゃあ?!」
突然ドアノブの装飾の、比較的下側にある装飾部分が唇のようにパカリと開いたかと思うと、その隙間から子供のような声で謎の掛け声が発せられていた。
予想だにしていなかった反応に、ルーフはいよいよ驚愕やら戸惑いを通り越して、ドアノブに対して恐怖心のようなものを抱きそうになっている。
だがマヤの腕は魔法少年の体をその場に固定させたままで、視線は彼の方ではなく、作動したドアノブの方に強く集中しているようだった。
ドアノブが喋る。




