唐突に終わる虚しさと珍獣
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「でもそろそろ、お話にもこの場所にも飽きてきたわね」
声のする方、自分の右肩に優しく触れている、方向に目を向けると、ミナモが狸のような聴覚器官をピクリ、と動かしているのが見えた。
「お二人さん!!」
ミナモの律するような声が、宝石店の店内に大きく響き渡る。
彼女の声を聞いた、妖精族の若い男女がビクリ、と肩を震わせていた。
「いきなり大きな声を出して、どうしたんですか奥さん?」
ミナモのをことを指す呼び名を使いながら、マヤが驚いたような表情を向けている。
そこには、議論を邪魔された予想外ささえも感じさせる。
どうやら彼は、宝石店の店主としての役割を、割と本気で忘れつつあるようであった。
「どうしたもこうしたも、あらへんよ、マヤ君」
妖精族の若い男に対して、ミナモは呆れたような声音を投げかけていた。
「こっちは魔術式の改良を頼みに来たのに、いつまでも長々とムダ話ばっかりしとって、待っても待っても話が本題に進まへんやないの」
狸のような耳を持つ、人妻に指摘をされた。
マヤはそこで思い出したかのように、用件を再確認していた。
「いけない、いけない! ルーフ君があまりにも珍しいものだから、ちょっと興奮しすぎちまったな」
「他人をそんな……珍獣みたいに……」
ルーフが今更ながらの不快感を示している。
だが、やはりマヤの方はそれに全く関心を向けていなかった。
この宝石店の店員は、あくまでも魔法使いの少年の肉体に刻まれた「呪い」にしか関心が無いようであった。
そのことに、もう文句を言うつもりはない。
それよりも、ルーフは相手がまだ隠している事実の気配に気付きはじめていた。
「そうとなれば、こんな所にいつまでも居るわけにはいかないな。いえ、いけませんね」
またしても言葉を「宝石店の店員」のそれへと変えている。
マヤの言葉遣いに、ルーフは最初のような唐突さはもう感じられない。
むしろ、展開の助長さに苦し紛れな言い訳をする、雑な印象さえ見出していた。
「そうと決まれば、お客さま方、こちらへどうぞ……」
表面上は堅苦しい様子を演出しながら、マヤは宝石店の店内を移動している。
彼の、薄く緑がかった皮膚の色が移動する。
店のカウンター、様々な形に整えられた宝石が陳列されている、棚の内側にある扉に指を触れる。
「…………」
動作を見る。
時計の秒針が三秒くらい経過したのだろうか。
ルーフは、次の展開が起こらない事に、早くも違和感を覚えていた。
「……どうしたんだよ? 扉、開けないのか?」
扉に指をかけたままで動きを止めているマヤに、ルーフは訝しむような視線を向けている。
魔法少年に問いかけられた、マヤは意味深な動作にて、ルーフの方を振り返っている。
「お客さま、お手数ですがこちらのドアノブに指を触れることをお願い致します」
「はあ?」
いきなり何の要求をしてくるのだろう。
理由が分からない、ルーフは首を傾げたくなるのをグッとこらえながら、要求についての追及を行おうとしている。
「なんで、そんな汚ったねェドアノブに触らなくちゃならないんだよ?」
今まで累積した苛立ちやら不快感において、ルーフは若干言葉遣いを荒いものにしてしまっている。
「大丈夫ですよー、怖くないですよー」
正直なところ怯えの様なものを抱いている。
魔法少年に、マヤはなだめすかすような勧誘を続行させていた。
「本当なんだろうな?! 触れた瞬間爆発したり、起爆したり、誘爆したりだとかしねェだろうな?!」
「基本的に爆発なんですねーお客様ー」
見るからに怪しんでいる、ルーフの様子にマヤは少しだけ面倒くさそうな気配を視線に滲ませていた。
「確かに古ぼけた機能ではございますが、ですが、その分安心安全の信頼がございましてですねー」
「だから、そのドアノブが何なのか……」
「まあまあ、まずは触れてみてちょうだいな」
ルーフの背中を押しているのはエリーゼの腕であった。
「うわ! ちょッ……、押すな……危ねえだろうが……!」
ルーフが拒絶感をあらわにしているのにもかかわらず、エリーゼはお構いなしといった様子で、グイグイと魔法少年の背中をドアノブに向けて押している。
松葉杖だよりのルーフの身体は、女魔術師の細腕にさえ逆らうことが出来ずに、店のカウンターの内部へと誘われてしまっている。
店員と客人に境界線を引く、カウンターという境い目を通り抜けた。
ルーフの目の前に、古ぼけたドアノブが用意されている。
「何なんだよ……?」
ルーフはいよいよ首を傾げたくなる。
目の前にあるドアノブ。
見た感じは、どことなくアンティークな雰囲気を持つそれ。
丸みを帯びた金属の取っ手に、根元は指による回転にそなえてかすかな空洞が用意されている。
何処か、異国の古い王族貴族が好みそうな、植物をモチーフにした曲線を描く装飾が全体的にこれでもかと施されている。
ルーフは、その古いドアノブにある種の違和感を抱いている。
抱いた感覚の正体は、割かしすぐに魔法少年の意識の上に昇ってきていた。




