彼が女王様と、その取り巻きを嫌う理由を述べよ
荒んでいる、
電車、四輪車両、及び自転車や飛行移動等々。
何かしらの移動手段を使用した状態で見た景色というものは、総じてあまり信頼がおけないことが多々あったりする。
光景を、風景を、場景を、己の内に情景として取り込むためには、やはり自身の神経を直に感じられる移動方法で現場を実感しなくてはならない。
………。
という根も葉もない、表面的に薄っぺらい持論をルーフは走りながら脳内で論じていた。
何か下らない事でも変てこりんな事でも、何かしら考えていないと自分の心は今にも疲労感で押し潰されてしまいそうな、そんな強迫観念が少年の心を蝕み侵略占領を今か今かと実行するため、目下舌なめずりをしていた。
飲食店[綿々]から移動を開始して、体で感じている分にかれこれ三十分以上は街中を走り続けている。
そんな気がする、いや、絶対にそうだ、そうに違いない。
「ハアっ………。ハァハァ………っ、ゼエゼエ───」
その証拠として、ルーフの首の中にある気管は今にも張り裂けそうなほどに赤々と燃え上がり、胸の中にある肺胞はオーバーワークにより今にも爆発をしてしまいそうになっている。
この都市に訪れる前、故郷で暮らしていた時にそれらしき運動等々の筋力トレーニングをしてきたのかと問われれば、速攻で首を横に振らざるを得ない。
しかしそれにしたって、彼は地元に暮らしている年の近い他の若者連中に比べたら、それなりに優れた身体能力を持っていたと、彼自身密かに自己肯定していた。
実際に取りとめのないやり取りの内で徒競走を、つまりかけっこや鬼ごっこなどの足を使う遊戯において彼はほとんど負け知らずだった。
そう言った些細な事実が、「足には自信がある」と彼に数少ない誇りを持たせていた。
にもかかわらず今現在、故郷とは比較するでもなく圧倒的に「都会」と呼べてしまう、灰笛という名で呼ばれている場所を自身の肉がついた足で走行している彼は完全に疲れていた。
かつての昔に温かく確立した自信を崩落させてしまいたくなるほどに、完全無欠なまでに疲れ切ってしまっていた。
それは単純に考えられる問題として、幼い妹をずっと腕に抱えたまま走っていることも理由の一つとして十分に考えられる。
しかし兄である彼にとって、その辺のことに関してはまるで問題の範囲内ではなかった。
そんなことはどうでもよくて、それ以上にやっぱり。
彼は夢中で走りながら、ほとんど無心の状態で思考の結論を結ぶ。
新品に近い状態のスニーカーの靴底を貫通して骨をビリビリ振動させる、一面所狭しと敷き詰められた暗い色のアスファルト。
ただでさえ走行するのに煩わしい道の上、さらなる煩わしさを増強させる白いペンキでしましまに彩られた歩行者を誘導するための標識。
そんな感じの鬱陶しくて汚らしい道の上を、どこか遠く離れた場所で余所余所しく、さらに汚らしい排気音を撒き散らしながら走行、及び滑空する人間的な機械の大群。
蛆のように這いまわる人間、蠅のように飛び交う車。
それらの臭い群れ群れを昆虫カゴよろしく取り囲み、見下ろし見下しているかのような、コンクリと木製素材で構築建築されてある建造物の森。
それらのなんてことのない普通な光景から逃れるように空を見上げれば、最終的に辿り着くのは魔王の城の近所みたいな色合いの濃厚な雲の壁によってその先にあるはずの青空を仰ぎ見ることすら出来ず。
青い空と白い雲、照りつける太陽。
の、代わりに上空の空虚を照らしつけているのはお決まりの傷。
この都市の住人にとっては太陽よりも親しみがあるのではないか、そう思い込んでしまいたくなるほどに当たり前の存在として空に鎮座している、薄汚れた玻璃の塊みたいな輝きを垂れ流している。
クリスタル状の異常な自然現象、それを太鼓持ちか取り巻きか、どっちにしろ嫌らしく取り囲んでいる、大量の水のような空気の揺らめき。
石英の傷口、あるいは空気に漂う液体の中からどこからともなく表れては消える、悠々と当然の行為として人に害意を向けるガラス玉の怪物。
そう言った気持ち悪さしかない現象が含まれている空気、それを良しとしている人々が住む都市。
そんな場所を力なく、たった一人の家族に寄り添ってもらいながら走り回る彼にとって、その場所は精神的にも肉体的にも、意識よりももっと深い場所にある無意識ですら。
とにもかくにもルーフはこの場所のことが嫌いで、出来ることなら今すぐにでも。
そう考えそうになって、彼は思考を切るためにあえて呼吸のリズムを崩す。
酸素の足りなくなった脳の痺れと痛みで、少年は何とか嫌悪感を自分の内から追い出そうとする。
俺がこの場所を嫌うとして、嫌っているとして、一体何がどうだというのだ?
くだらない、どうでもいい。
どうでもいい事だ。
「えーっと、んー? こっちかな………」
そう、どうでもいい………。
自分たちを甲斐甲斐しく、親切さをもって案内してくれているキンシという名の魔法使いが、紛うことなく自分たちを飲み込んだ怪物の死体の一部を持ち歩いていても。
足なのか腕なのか判別できないが、間違いなく四肢の内の二本、ちょっと太めの床柱ぐらい大きさがある死体の一部をずっと、軽々と運搬し続けていることなんて。
雑に引き千切ったことでなんとも言えぬおうとつのある断面図から、点々と濃い赤色の体液が地面に水玉模様を描いていることも。
体液の後を踏みしめる自分の足も。
この跡は後でどうせ雨で流されて消えるんだろうな、とすぐに連想することが出来た自身の思考も。
どうでもいい事だ、些細なことだ。
気にするべきことじゃない。
消えればいいんじゃないでしょうか。




