ティースプーン一杯ほどの勇気を飲み下す
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頭に鹿のようなツノを生やした男性、喫茶店でアルバイトをしているトユンという名の彼は、魔法使いたちに相談事をしている。
「ここ最近、ウチんとこの店でちょっとしたトラブルが連続していてね」
ハンチング帽のような制帽からのぞく、ミルクティーの色をしたツノが首の動きに合わせて傾く。
「もしかすると、ここに「敵」がいるかもしれないんだ」
黒いエプロンには喫茶店のロゴマーク、コーヒーを嗜む紳士のイラストがプリントされている。
エプロンの下には、動きやすそうな白い半袖の制服を着用している。
「最初はもちろん、こんな往来に敵が出てくるわけないって、そう思い込んでいたから、おれたちもあまり深くは考えなかったんだが」
言葉を一旦くぎり、トユンはコイン投入口のように横長な瞳孔をチラリ、と左斜め上に向けている。
「三カ月ぐらい前かな? 最初のクレームが入った時には、大した問題ではないと思ってたんだけど。でも、それから不定期に、絶妙に忘れそうになるタイミングで、たびたび被害を出すようになって……──」
「ちょっとまってくれないかしら?」
そこまで語った所で、トユンの言葉をメイがさえぎっていた。
「何だい? お嬢ちゃん」
見た目は幼女にしか見えない、彼女に対してトユンは当然の事として、幼子に語りかけるような返事を行っている。
「お、お嬢ちゃん……」トユンの語りかけにメイが少しばかりの不快感を表している。
眉宇に不機嫌そうなしわを寄せている。
彼女の様子に気付かないままで、トユンは彼女の言葉を優しく待ちかまえている。
現状において彼の態度を作り変えることは出来ない。
と、早めに判断を下したメイは、とりあえず先んじて疑問点を解決することを優先させていた。
「その、さっきからいっている敵っていうのは、つまり、怪物さんのことなのかしら?」
メイに問いかけられた。
トユンは、むしろ自分の方こそポカンとした様子で、言葉の意味を彼女に伝えていた。
「そりゃあ、ここで言う敵なんて、せいぜい怪物のことぐらいしかないだろうよ」
何を今更聞くことがあろうかと、トユンの平然さがメイにはどうにも居心地が悪かった。
白色の羽毛を生やした魔女が不快感を表している。
それにトユンは気づかないままで、自分の話を続行させている。
「それで敵、怪物がこの店に潜んでいるらしくてさ、それでたびたびおれらんトコにも苦情が入るようになったんだよ」
「古城には、連絡を入れなかったんですか」
キンシが問いかけている。
それに対して、トユンはすぐさま返事をしていた。
「もちろんしたさ。でも、なあ……」
キンシの方を見ていた、トユンは横長の瞳を少女からつい、とそらしている。
「連絡しても、ちょっとした簡単な結界を張っただけで、後はこっちにまかせっきりになったんだよな」
その時の対応を思い出すかのように、トユンは同行の奥に過去を、かつて感じた疲労感を再上映させている。
「古城が怪物さんのことで、そんなおざなりな対応をするものなのかしら?」
かつては自分たちのことを、不必要なまでに、執拗なまでに介入してきた。
トユンとは形や経緯こそ違いはあれど、メイもまた「古城」と呼ばれる機関に不信感を抱いているのであった。
そんな彼女らに、事の状況を予想しているのはキンシの声であった。
「古城の方々も、心臓が得られない場合は、時としておざなりな対応をされてしまうことが、……少々あるそうですよ」
魔法使いの少女が語っている、「心臓」というのは魔力を含む鉱物の、その最大の価値を持つ結晶体のことを指している。
「そんな、ゲンキンなたいどでいいのかしら?」
メイが他人事のように不安がっている。
「さあ? 向こうさんはそのスタンスで長いことやっているみたいですし」
白い魔女の心配に、キンシはやはり対岸の火事のような予想だけを言葉にしている。
「そうなんだっての」
魔法使いの少女が語る所を、トユンはいよいよ困りきった様子で同調していた。
「それで、結局ここに現れてる? かもしれない? 小型の怪物に関してはこっち側、店側で内々に済ませてくれってことになっちゃってさ」
事情を語りながら、トユンは両の手のひらを上に向けて「やれやれ」というポーズを作ってみせている。
「困ったもんだよ。この前なんて怪物が怖くて、仲良くしていた同僚のヤツも辞めちまってさ」
個人的な不満点を打ち明けながら、トユンは横長の瞳を少し遠くに向けている。
ここにはもういない「同僚」に思いを馳せている。
そんな彼に、追及の手を伸ばしているのはモアの声であった。
「そんなに悩むのなら、あなたもこんなところ、辞めちゃえばいいのに」
青い瞳の彼女に提案をされた。
トユンは、自分自身でもすでに何度も考えようとしていた案について、あらためて思考を巡らせているようであった。
「でもなあ……ここ、結構自給いいし、今収入無くなるの、厳しいし……」
トユンは自分の理由を語る。
「一応? おれにも夢とか目的とか、生活とか、それっぽい理由がたくさんあるから。だから、なんとかここで働き続けたいからさ、あんまり弱音ばっかり言ってらんねえのよ」
そのために、彼はアルバイト先を守るために、勇気を出した魔法使いたちに話しかけているのであった。




