角を生やしたのは誰か
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どうやら依頼をしたがっているらしい。
喫茶店の男性アルバイトに、いの一番に反応を返していたのは、シイニの声であった。
「おいおい、この子たちには手前が先約を入れているんだよ」
声がした。
しかしながら、男性アルバイトは声の主を見つけられないでいる。
「え、え?」
この場にいる男性は限られている。
少なくとも視覚に確認できるのは、自分を含め、トゥーイという名の青年魔法使いしかいない、ように思われる。
だが、男性アルバイトの予想はすぐさま、ことごとく破壊されていた。
「こっち、こっちだよ、角の国の獣人さん」
一つの固有名詞、この世界に存在している国家と文化の名前を口にしている。
男性アルバイトの視線が、まさかと思いながら、椅子の上にある子供用自転車に注がれている。
「やあやあ、ごきげんよう」
「うわッ?! 自転車が喋ってる?!」
子供用自転車の姿をしている、彼を見て、男性アルバイトはびっくり肩を震わせていた。
驚いている彼に、シイニは自分の事情を一方的に語っていた。
「この魔法使いのお嬢さん方は、手前と、後べつのキャワイイ顔をした魔法使いの約束で、今でもてんやわんやなんだよ」
「だ、だけど……!」
子供用自転車の姿にしか見えない、彼の主張を、しかして男性アルバイトは引き下がることなく反論している。
「こっちはこっちで、急いでどうにかしなくちゃいけない案件、なんだよ」
すでに接客用の敬語を崩しているのは、心の内の焦燥感から成るものなのだろうか。
話をしたがっている。
相手を、キンシは無視することが出来なかった。
「とりあえずは、お話だけでも聞かせてくれませんか?」
口をついて出た、言葉にキンシは自分の周囲の人間が反論をすること、そのことを予知していた。
「キンシちゃん」
名前だけを呼んでいる。
メイという名の、幼女の姿をした、白色のふーかふーかとした羽毛に包まれている魔女。
彼女が、少しだけ諌めるような視線を送っているのは、キンシの抱える約束ごとのキャパオーバーを心配してのことであった。
ただでさえ現状、決して簡単には済まされないであろう厄介事を二件も抱えているのである。
そこに、さらに問題を累積するのは、単純に考えても得策とはとても呼べそうにない。
「いそがしいのに、そんな安うけあいしちゃだめよ?」
白色の魔女が不安を主張しようとしている。
「でも」
魔女に反論をしていたのはキンシではなく、男性アルバイトの声であった。
「そんなに難しい話じゃないんだよ。きっと、魔法使いならすぐに解決できるかもしれない、そんな問題なんだ」
語っている内容から、男性アルバイトが魔法使いか、あるいは魔導に無関係の人間であることがうかがえる。
相手の情報を探る。
男性アルバイトに、シイニが一つ、提案をしていた。
「まあ、そんなところで突っ立って話すのもアレだ、アレだから、だから君もここに座ろうじゃないか」
「いや、まだ仕事中だし」
子供用自転車の姿をした彼の提案を、男性アルバイトはすぐさま拒否している。
断られた、シイニは特に気分を害する訳ではなさそうであった。
子供用自転車の姿をしている手前、そこに人間らしい表情は用意されていないが、それでも彼は声音だけで己の平常心を表現している。
「だったらせめて、固有名詞だけでも教えてくれないか?」
「固有名詞……ああ、名前のことか」
シイニの言葉遣いに若干の違和感を覚えながらも、男性アルバイトの彼は要求された内容を理解したようだった。
「おれの名前はトユン、カノコ・トユンだよ」
トユンと名乗った。
キンシは彼の名前に、子猫のような黒い聴覚器官をピクリ、と動かしている。
「トユンさんですか、どことなく異国の雰囲気を感じさせるお名前ですね」
「そう、なの?」
キンシの表現に基準を知らないメイが、小首をかしげて疑問を思っている。
キンシから指摘をされた、トユンはとりたてて特別なことなど無いように、自分の事象を簡単に語る。
「親の方は角の国からここ、鉄の国に引っ越してきて、おれ自身はここで生まれ育ったからな」
トユンはそう語りながら、右の指で自分の頭部に生えているツノを触っている。
「角の国はほとんどが帯守っていう、偶蹄目モチーフの人種が集まっているからな、おれにもその証のこれが生えてるってワケ」
自分についての情報を語りながら、トユンは細く真っ直ぐとした足を、喫茶店の床の上で立ったまま小さく組んでいる。
「おれのことよりも、今は問題について話したいんだが──」
「ここでバイトして、どれくらいになるんだい?」
問いかけているのはシイニの声であった。
「は? え、えっと」
まだまだ子供用自転車、無機物の姿にしか見えない彼に話しかけられることに慣れていない。
トユンは、話の腰を無理やり折られたことすらも意識できないままに、彼の話題に移し替えられていた。
「そうだね、三年くらいにはなる、かな?」
トユンはそこまで語り、ハッと思いついたように語尾に情報を付け加えている。
「あ、でもこれから相談したいことってのは、ホントに、つい最近起きたばかりのことだから」




