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美味しそうによく噛んで飲みこんだ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 もぐもぐ、もぐもぐ。

 もぐもぐ、もぐもぐ。


 美味しそうによく噛んで、ゴクンと飲みこもうとする。


「むぐむぐ、これはこれは……」


 あんこと生クリーム、バタートーストを組み合わせた料理を噛みしめている。

 言葉を発しそうになった、キンシの動きをメイが抑制している。


「キンシちゃん、口のなかのモノをちゃんと飲みこんでから話しなさい」


「ふぁい、まひゃりまひた」


 たぶん、「分かりました」と返事をしたのだろう。

 幼い姿の、白色のふーかふーかとした羽毛に包まれている魔女に注意をされた。

 キンシは彼女の言い分に、素直に従っている。


 口いっぱいに取り込んだ料理を、魔法使いの少女が噛みしめるまでの間。

 ほんの少しの短い間。


「ちょっとお(うかが)いしたいのですが」


 男性アルバイトが、机の上に並ぶ魔法使いたちの情報を検索しようとしていた。


「お客さま方は、一体どのようなお集まりなのでしょうか?」


 まだアルバイト定員としての礼儀、接客用の丁寧で硬質な口調を崩さないでいる。


 見るからに、というよりかは、最初から現在に至るまで、自分たちに対して強い警戒心を抱いている。

 男性アルバイトに、自己紹介を試みようとしていたのはトゥーイの姿であった。


「返答します」


 トゥーイは首元に首輪のように巻き付けてある発声補助装置から、青年のそれのような低さを持つ電子音交じりの音声を発している。


「我々は魔法使い、及びそれに該当する回路を保持しているものである」


「お、おう?」


 自分の唇を使うことないまま。

 唇から右側にかけて、激しく走る口裂け女の様な傷跡は、動きを止めたまま。

 魔法使いであるらしい、青年の言葉を男性アルバイトはどうにかして、ある程度は理解できているようであった。


 そして同時に、男性アルバイトはトゥーイの事を、コミュニケーションが困難と思われる対象として認識している。


 後に話しかけられるのは?

 男性アルバイトの、コイン投入口のように横長な瞳孔が机の上を素早く移動する。


 誰か、誰でもいいからまともなコミュニケーションを可能とした人間はいないものか。

 男性アルバイトは淡い期待を抱く。

 それは儚い願いで、当然の事ながら彼の元に叶えられることは無かった。


 の、かもしれない。

 と、思った所で、男性アルバイトの横長な瞳が一人の少女の姿を捉える。


「そちらのお嬢さん」


「あら、あたし?」


 呼ばれた、モアが自分のことを指差している。

 指名された、しかしながらモアは相手が言葉を発するよりも先に、否定の意を当人に伝えている。


「残念だけど、あたしはこの人たちとはほとんど無関係よ」


 男性アルバイトが失望の念に瞳を濁すかそうでないか。

 彼が判断、判別を下すよりも早く、春一番のように早く、モアは魔法使いとの無関係を主張していた。


「さっき出会ったばかりで、さっきようやくお互いの名前を知ったばかりの、九十パーセントの赤の他人よ」


「は、はあ」


 無関係であることを、本人たちを目の前にして、ここまで嬉しそうに、楽しそうに主張する理由が果たしてあるのだろうか。


 男性アルバイトが一人、取り残されたように孤独感を、そして事態の解決がより一層不明瞭になったことに不安を強めている。


「ふむふむ、ふうむ」


 と、そこにどうにも緊張感が足りていない、キンシの言葉が空間に伸びてきていた。


「ふーむ、バタートーストとくりいむ、あんこの調和がお口のなかであたたかく広がる……」


 昼下がりのバラエティ番組の食レポのような感想を口にしている。

 男性アルバイトは、思わず魔法使いであろう、黒髪に子猫のような耳を持つ少女の方を見ていた。


「美味しいです! 予想外の組み合わせ、これを完成させたお店は奇跡の可能性を信じておられているのですね!」


「あ、ありがとう?」


 ごくり、と飲みこまれた音はキンシの口のなかの料理家、あるいは男性アルバイトの生唾(なまつば)か。


 男性アルバイトは、賞賛の対象が自分自身だけに限定されている訳でもないのに、なぜか気まずそうに、気恥ずかしそうに魔法少女の褒め言葉をその身に受けている。


 戸惑っている男性アルバイトをよそに、キンシの方では呑気に味の感想を引き続き言葉に変換していた。


「なんというか、ふるさとの味、って感じがします」


「もしそうだとしたら」


 キンシの反応に、メイが平坦な感情で言葉を向けている。


「ずいぶんと、キバツなふるさとをお持ちなのね」


「そうですとも」


 少し皮肉めいたメイの言い回しに、しかしてキンシは真面目ぶった返事だけを用意している。


「この灰笛(はいふえ)は魔法使いの町ですから、ちょっとばかしの奇抜さも、ある程度は無視できるのですよ」


 それと、この料理がなんの関係があるというのだろうか。

 魔法使いの少女の主張に、メイが小首をかしげそうにしている。


 彼女らのやり取りを、男性アルバイトはいよいよ困惑した様子で眺めていた。


「うーん、うーん? どうしたものか、ホントにダイジョブなのか……?」


 どうやら、と言わずとも、鹿のようなツノを生やした男性アルバイトは、魔法使いたちに相談事があるようであった。

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