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出された料理は全部食べ尽くす

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ご感想、感謝いたします!

「そーれ、くるくる」


 キンシが仕上げをしている。


「あらー、上手上手」

 

 それをモアが、まるで幼い子供にするように褒めている。


 魔法を使いながら、キンシはティーカップやティーポット、ティースプーンに直接手を触れることをせずに、ロイヤルミルクティーのホットを完成させていた。


「ふいー、こんなものですかね」


 左手を机の上に静かに置きながら、キンシは完成した一品を満足げに眺めている。


 キンシが早速ロイヤルミルクティーを口元に運ぼうとしている。


「おお、お見事」


 その最中(さなか)にて、魔法使いの少女に賞賛を贈っているのはシイニの声であった。


「流石、灰笛(はいふえ)の魔法使いだね」


 手動で済まされる動作を、わざわざ魔法を以て終了させている。

 動作の虚しさを、しかしてキンシは理解できていないようだった。


「すきっ腹に魔法は、やはり厳しいですね」


 体力と魔力を消費した、疲労感がキンシの瞳に滲出する。


「せめて、なにか甘いものでも摂取できればいんですけど」


「おやおや、たかがそれだけの事で疲れてちゃ、先が思いやられるね」


 キンシの緑色の瞳に、シイニが心配のようなものを向けている。


 言われたことの意味が理解できないで、キンシは彼に言葉を聞き返そうとしている。。

 だがそれよりも早く、作りたての熱いロイヤルミルクティーがキンシの唇に接触していた。


「熱っつうっ?!」


 予想以上のホット具合に、キンシは口の中全体に突沸のような拒絶感を訴えかけている。


「うわあ?! 大丈夫?!」


 シイニがキンシを心配している。


 せっかく魔法による神秘的な空間が演出されていたというのに、一気に雰囲気が元のあいまいな、日常的な空間に戻されていた。


「もー、なんでこう、緊張感がないんかなー?」


 シイニが残念そうにしている。


 喫茶店の座席に置かれている、子供用自転車の姿をした彼に呆れられている。

 キンシは、少し申し訳なさそうに顔をうつむかせている。


 成功と失敗の狭間に揺蕩(たゆた)う少女の元に、また、新たなる変化が訪れようとしていた。


「うわあ……お客さま、大丈夫ですか?」


 シイニのそれとは異なる、別の男性の声。

 キンシは視線をロイヤルミルクティー、机から上に移動させている。


 見上げると、そこには男性アルバイトが皿を携えて立っているのが見えていた。


「う、うわわ、騒いじゃってすみません……っ」


 恥ずかしいところを他人に見られてしまった。

 そのことに、キンシはオーブンの中のカップケーキのように羞恥心を膨らませている。


 恥ずかしがっている魔法少女とは裏腹に、男性アルバイトの様子は落ち着きはらったものでしかなかった。


「ちょっとお話、よろしいですかな?」


 最初に入店した時よりかは、男性アルバイトは幾らか魔法使いたちへの警戒心を解いているようである。


 ……いや、むしろその様子には、魔法使い側の動向を観察する動作さえ予期させるものだった。


「くん」


 キンシが鼻をひくつかせる。


「なにか……甘い、かぐわしい匂いが……?」


 匂いの正体は、さして探る必要も無くすぐさま見つけ出されていた。


 男性アルバイトの手の上、右手の平の上に携えられている皿。

 そこには、一品の料理が用意されていた。


「あ」


 見つけ出した、キンシは思わずその名前を呼んでいる。


「あんこトーストだ!」


「ええそうです、どうぞー」


 男性アルバイトはそう言いながら、相手に有無を言わさぬ内に料理を机の上にひとつ、追加している。

 

「あら、注文もしていないのに」


 追加された料理についてメイが、主に料金的な問題を中心に、その紅色の瞳に心配を浮上させている。


 不安がっている幼女の姿の彼女に、男性アルバイトは平然とした様子で皿を置き終えている。


「こちら、当店からのサービスとなりますー」


「まあ、きまえがいいのね」


 金銭的な問題が解決した所で、しかして、メイは店側の思惑を読み取ることが出来ないでいる。


 何を持ってして、この店が自分たちにサービスを提供しているのか。

 幼女の姿をした、白色のふわふわとした羽毛に包まれた魔女が、いぶかしむようにしている。


 明らかに怪しい一品。

 だが、魔法を使って空腹感を覚えた魔法使いの前に、理由や意味などはさしたる重要度を持たなかった。


「わーい、いただきます」


 実に嬉しそうに、楽しそうに、キンシは用意された皿の上の料理に手を付けている。

 

 花嫁が身にまとう純白のウエディングドレスのような生クリーム。

 人生の終幕の翌日に人々が身に着ける葬送のための喪服のような、落ちついた色のあんこ。

 

 それぞれを、キンシは小さなスプーンを直接手に取って、ひとかけら程すくい上げている。

 すでに、魔法を使うための精神的余裕もないようであった。


 きつね色にこんがりと焼きあげられたトースト、アツアツの膨らみにトッピングを乗せ、キンシはためらいなく料理を口の中に受け入れていた。


 甘い料理を噛みしめる。

 もぐもぐ、もぐもぐ。


 キンシの口内で、小麦と生クリームの脂肪分、あんこを煮詰めた糖分の気配がしばしのダンスパーティーを開催していた。

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