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ティースプーンには触らないで

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、心より感謝いたします!

 唐突にモアがキンシに提案をしてきていた。


「せっかくだから、魔法使いっぽく作ってみましょうよ」


「魔法使いっぽく……?」


 喫茶店の店内。

 暖色系のライトの下に木材の机の艶やかさが反射する。

 机の上に並べられた、ロイヤルミルクティーのホットを完成させるための材料。


 ティーカップやティーポットなどの機材、材料を前に、キンシは戸惑いを抱いていた。

 そこへさらに、青い瞳の少女からの提案である。

 キンシの困惑はいよいよ深みを増すばかりであった。


「それってどういう……?」


「もちろん、そのままの意味よ」


 魔法使いの少女が問いかける。

 それにモアは平然とした様子で提案の続きを語っている。


「こんな感じに、」


 言葉の途中にて、モアは右の人差し指をつい、と上にかざしている。


 ふんわり。

 空気が少しだけ流れる。


 魔法が作用する、机の上に置かれていたティースプーンが、少しの浮遊力をもたらされていた。


「こんな感じに、魔力を使ってそのロイヤルミルクティーを完成させてみましょう!」


「何ゆえ?!」


 キンシは思わず反射的に、なかば反論のような疑問を声に発していた。

 純粋な疑問点から成るもの。

 「それ」をする意味が、意義が分からなかった。


意味(メタ)なんてとくにないわよ」


 戸惑う魔法使いの少女に、自ら「普通」を主張する青い瞳の少女が提案だけを伝えている。


「そうした方が、面白いかなって、そう思ったの。あなたもそう思わない?」


「……」


 否定だけをすれば良かった。

 出来ることなら、出来るだけ早くに拒否をすべきであった。

 沈黙の時間が経過するほどに、その静けさこそが迷い、逡巡(しゅんじゅん)の証として累積する。


 一秒、二秒。

 ああ、もう手遅れだ。


 すでに単純で明快な拒絶を用意するための時間は失われてしまった。

 過去、死んでしまった時間。

 後にのこされているのは。


「やってみせましょう……」


 火葬された後の遺骨のような、パラパラと軽い同意の言葉だけであった。


「あら意外、てっきり拒否をするものかと、そう思ってたわ」


 自分から提案をしておきながら、モアは意外そうな表情を作ってみせていた。


 まるでアスファルトに硬く舗装された道端に咲く小さな花を見つけたかのように。

 モアは小さな、ささいな驚きを目元に演出している。


 どうにも青い瞳の彼女に翻弄されているような。

 だがそれ自体は、どことなく心地良いような、追い風に背中を撫でられているかのような感触を覚えそうになる。


「僕も魔法使いの端くれです、人が望む魔法を用意できなくて、どうしましょう?」


「そのわりには、うっかりぽっかりしていたけれどね」メイが注釈を入れている。


 幼女の姿をした、白色のふわふわとした羽毛に包まれた魔女の、注釈を無視してキンシは選択を続行させている。


 さっそく魔法を使う。

 左手をかざす、そこには包帯のような布が巻き付けられていた。


「簡易的な封印ね」


 左手を見た、モアがさらに提案をしている。


「邪魔だし、取っちゃえば?」


「え、ええ……」


 青い瞳の少女の続けての提案に、さらに戸惑いを深めていた。

 なにをそんなに、彼女は自分について関心を持っているのだろうか。


 青い瞳の彼女の心理に不可解さを覚えながら、それでもキンシは特に反論をする理由を見つけられないでいる。


「じゃあ、失礼して……」


 机の上にかざした左手。

 右の指で上着の長袖をまくる。


 そうすると、布は指先から肘にかけて、一切の皮膚を露出させないように巻き付けられているのが確認できた。


 キンシは少し呼吸をする。

 魔力を微かに作動させて、布の封印を解いている。


 しゅるり、しゅるり。

 衣擦れの音がして、封印が机の上にハラハラと舞い降りる。


 重力に従って落ちていった布、その内側には呪いの火傷痕が見えていた。


 それはケロイドなどの肉体的な修復機能とは大きく異なっている。

 まるで人体が、その形を保ったまま鉱物、水晶のそれへと変身してしまったかのような、冷たい透明度が左腕を支配している。


 透明度は一定の規則性を持って、キンシの肉に刻まれている。

 トライバルタトゥーのような、民族的な雰囲気を持つ軌跡。

 かすかに残っている通常の皮膚の柔らかさが、呪いの火傷の冷たさをより一層強調させていた。


「あらあら、痛そうね」


 モアが形式ばった心配をしている。


「見た目ほどには、それほど痛くもないのですよ」


 心遣いを軽く受け流しながら、キンシは早速、自らの呪いの一部を魔法に利用している。


 息を吸って、吐く。

 血液が巡り、生まれた熱が空気と触れ合う。


 血中に含まれている魔力が、ティースプーンをフワリ、と浮遊させていた。


 重力に逆らう。

 キンシは続けてティーポットを浮遊させる。


「オーライ、オーライ」


 机の上を滑る、ティーポットの意外な重さにキンシは少しだけ困惑する。

 だが、決して無理な範囲ではない。

 少なくとも今のところは。


 左の人差し指をかざして、キンシはティーカップの中に紅茶と、ミルクを注ぎ入れた。


 トプトプトプ……。


 液体が滑り落ち、溜まる、軽やかな音色が机の上に追加されていった。

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