表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

838/1412

まだ目的地じゃない

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、ご感想、心より感謝いたします!

 少しばかりの時間の経過。

 注文した商品が机の上に並べられる。


 ティーカップから立ち昇る紅茶の湯気。

 ジュースを冷やす氷の粒のひんやりとした透明度。


 料理の重さを受け止めた、食卓がこの場所に展開されている。


「見てください、見てください、メイお嬢さん」


 メニューを興味深そうに読んでいた、キンシがメイのことを呼んでいる。

 

 キンシとメイは喫茶店のメニューを眺め回していた。


「お嬢さん、パンの上にあんこが搭載されてますよ!」


 左の指でメニューに印刷されてあるカラー画像を指差しながら、キンシは興奮気味に唇を動かしている。


 新緑のような瞳をキラキラときらめかせながら、魔法使いの少女が指し示している。

 そこにはメイの見慣れぬ料理の画像があった。


「なにかしら、これ?」


 椿の花弁のような紅色の瞳に不思議さをにじませる。

 メイは表示されている料理の奇妙さに関心を持っていた。


 きつね色に焼かれた厚切りのトーストに、黒い粒の塊がたっぷりと乗せられている。

 黒いもの、それはあんこに違いなかった。


「バタートーストなら、作ったり食べたりしたことはあるけれど、あんこは見たことも、きいたことも、食べたこともないわね」


 メイは小首をかしげて、見知らぬ料理に関心を示している。


「あんこトーストよ、この灰笛(はいふえ)の名物の一つね」


 好奇心に瞳をきらめかせている魔法少女と魔女に、モアが簡単な解説を付け加えていた。


「もともとはおしるこ、をパンにつけて食べるのが始まりで、いつのまにか、この都市の名物になったのよ」 


「へえーそうなんですか」


「知らなかったの?」


 キンシの反応にモアは意外そうにしていた。


「見たところ、この灰笛(はいふえ)に長く暮らしているように見えたのだけれど?」


 モアから問いかけられた、キンシは少し気まずそうにしている。


「最初にも申した通り、こういうお店に向かう機会がほとんど無かったものでしたから……」


「そう、忙しいのね」


 金銭的余裕、あるいは精神的余裕とも呼べるかもしれない。

 喫茶店に通う理由を見つけることが出来なかった生活に、モアは特に何の感慨も抱いていないようであった。


 大して関心を抱いていないように見える。

 モアに対して、キンシは気にすることなく自分の状況を語っていた。


「やはり灰笛(はいふえ)に暮らす魔法使いとしては、喫茶店の一つや二つ、使いこなせるようにならなければなりませんよね」


 自分を卑下するようにしている。

 キンシにメイが反論をしていた。


「そういうワケじゃないと思うけどね。ブラックのコーヒーを飲めるからって、それが大人である証にはならないじゃない」


 例え話をしながら、メイはホットミルクに唇を寄せている。


 薄桃色の小さな唇に、温められた白濁液がやわらかく吸い込まれていく。

 

 白色の魔女がホットミルクを飲んでいる。

 それと同時に、モアも紅茶を口に含もうとしていた。


 茶葉以外はなにも混ざっていない、ストレートの紅茶。

 紅色の熱をもつ飲料。

 薫り高いあたたかさを、モアは細く白い首の内側に摂取している。


 ごくん。

 飲み下す。


「うーん、素体にエネルギーが溜まってく感じねえー」


「素体?」奇妙な言い回しにキンシが疑問を抱いている。


「あ」うっかり口にしてしまった言い回しに、モアは唇に手を添えている。


「ううん、何でもないわよ」


 疑っているキンシに、モアは珍しく少しだけ慌てた様子で、話題を逸らそうとしていた。


「お腹が空いているなら、せっかくだからそのあんこトーストも注文してみたら? お代なら、あたしが払うから」


 「まあ、最初からおごるつもりだったんだけれど」と付け加えながら、モアはキンシに提案をしている。


「いえ、いいえ! そんなところまでお世話になるわけには……!」


 いつの間にか進行させられていた案に、キンシは早くも抱いた違和感を無意識の方に押しやっている。


「自分の分のお金は、ちゃんと払わせていただきますから!」


 代金という現実的な問題に、キンシはリラックスしかけていた状態を再び緊張させている。


「いいのよ、ここに呼んだのはあたしなんだから、その分の要求は果たさないと」


 立ち上がりそうなほどに身を乗りだしている、キンシからの提案をモアは静かに否定していた。


「ほら、紅茶、飲まないと冷めちゃうわよ?」


 相手に落ち着いて座ることを要求しながら、加えて机の上の飲料を消費することを推奨している。


 モアにそう言われた、キンシは腰を落ちつかせて息をひとつ吐く。


「……いただきます」


 そう言いながら、キンシは飲料を飲もうとした。

 だが、動かそうとした左手は戸惑いのなかで停止している。


「えっと、どうやって飲むのでしょう?」


 配膳された紅茶は最初から最後まですべて完成しているものではなく、最後のひと手間を客の好みに合わせて調整することが出来るようになっている。

 つまりは、まだキンシのもとに配られたティーカップは空のままで、ポットの中身は熱く重く、満たされているままであった。


「手伝ってあげるわ」


 モアがキンシに提案をしている。

 キンシはそれを受け取るべきか、迷っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ