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ご注文は何か言いやがれお客様

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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 モアから提案をされた。

 キンシはそこで、今更ながら自分が喫茶店に来店していることを再確認していた。


「そ、そそ、そうですね」


 今しがたの水のように滑らかな口調とは打って変わって、キンシはいつも通りのどこかびくびく、おろおろとした様子を取り戻していた。


「そうでした……! 僕たちは今、喫茶店、かふぇにいるのですよ! ど、どど、どうしましょう」


「どうするって……どうもしないわよ」


 謎に慌てふためいているキンシに、メイは冷静な視線だけを送っている。

 彼女たちのやり取りを見ている。

 視線は、先ほどまでの会話に参加していた人間たちだけに限定されているものではなかった。


「あのー、お客さま?」


 声がした。

 男性のそれに、キンシがパッと視線を向けている。


 見ると、そこには喫茶店に入店したさいに、店内へと案内した男性アルバイトが立っていた。


「お客さまー?」


 いつの間に、一体いつからそこに立っていたのだろうか。

 議題、ないし契約のアレコレに集中しすぎて、彼の存在に気付くことが出来なかった。


 男性アルバイトにしてみれば、怪しい客人が入店してきた。

 座席に座るや否や、やたらめったら長々と、なにやら怪しい取引の場を展開している。


 怪しすぎて、近付くのも(いと)われる。

 だが、かと言っていつまでも無料(タダ)で店の貴重なスペースを提供する訳にもいかない。


 きっと喫茶店側、男性アルバイトにとっては、それなりの勇気を選ぶ行動であったのだろう。


「ご注文は? お決まりになりましたか?」


 勇気を出した、男性アルバイトが注文内容を質問している。

 

「え、えっと……その、あの……」


 キンシは答えを返せないままで、ただひたすらに慌てふためいている。


 頼むとは? 何を?


 キンシが答えを見つけられないでいる。

 慌てる場合ではない、動揺している場合などではない。


 そう思えば思うほどに、キンシの視界、脳内には余分な情報が雪崩のように累積していく。


「す、すす……」


「お客さま?」


「す! 素敵なツノですね!」


 何故か外見を褒めた。


「はあ?」


 男性アルバイトはその余りにも、余りにもな脈絡の無さに、つい営業スマイルを忘却している。


 ……確かにその男性アルバイトには、人種としての特徴の角が生えていた。

 シカのようなツノ。

 しかして、今は彼の外見情報、人間としての種類に追及をしている場合などではないのは明白。

 考えるまでもない、簡単すぎる事実であった。


 狼狽しきっている魔法少女をよそに、モアは机の上にあるメニューを軽やかな動作で操っている。


「えっとねー、あたしは紅茶のホットをいただこうかしら?」


 慣れ親しんだ動作で、モアは男性アルバイトに商品を注文している。


 今しがたのバッドなコミュニケーションなど一切合財存在していなかったようにしている。

 平然とした様子を、ほぼ完ぺきに装っている。


 しかして、この状況に冷静さを作っているのは、なにもモアだけに限定されている訳ではなかった。


「私は、そうねえ」


 メニュー表を眺め、メイは特に迷うわけでも無く、すぐに目的のモノを見つけ出している。


「ミルクのホットをいただこうかしら」


 間を置くことなく、メイはトゥーイの方に視線を向けている。


「トゥは? なににするの?」


 青年が、現状において通常の言語を使用することが出来ない。

 予測されるコミュニケーションの困難に関する解決策を、メイはすでに知り得ているようであった。


「…………」


 白色の魔女に問いかけられた、トゥーイは唇を閉じたままで、メニューの一個を素直に指し示している。


「えー、紅茶のホットにミルクのホット、バナナミルクですね」


 青年が指し示しているメニューの画像を見て、男性アルバイトは手元に用意したメモ用紙に商品の名前を書きこんでいる。


 書き書き。

 書き終えた、後に視線がキンシの方に向けられる。


「……」見つめられている、キンシは唇を閉じたまま。


「……」男性アルバイトがしばらく待機する。


 三秒ほど経過した、その時点で男性アルバイトがすこし困惑したように、キンシに質問をしている。


「あの、ご注文は?」


「え、え、僕……ですか?」


 まるで、思ってもみなかったような展開に直面してしまったかのようにしている。

 しかしながら、男性アルバイトにしてみれば、魔法少女の反応こそ意味不明なものでしかなかった。


「あの、ご注文は何でしょうか?」


 もう一度聞いている。

 男性アルバイトの目線には、キンシに対する不信感がさらに高まっているようであった。


「え、えーっと、その……」


 他人の視線のなかで、キンシが動揺をさらに深いものへと陥らせようとしている。


「…………」


 魔法少女の慌て振りを見た。


 困っている。

 彼女の左側に座っている、少女の左側でトゥーイがメニューを指差している。


「ロイヤルミルクティー」


 男性アルバイトが、指し示された商品の名前を口にしている。


「アイスですか? ホットですか?」


 展開が進んだ、男性アルバイトは確かめるべき内容を付け加えている。


 先ほどよりかはかなり単純な質問。

 「はい」か「いいえ」か、「白」か「黒」かと同じ、簡単な質問。


「あ、えと、あったかいので、お願いをいたします……」


「かしこまりましたー」


 とりあえずの仕事を終えた。

 男性アルバイトの安堵は、小さじ一つまみ程度のモノだけだった。


 大海原ほどの安堵をしている、キンシよりは少なくとも、彼は冷静さを保てているようだった。

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